2011年1月8日土曜日

4-2 サンクレメンテ教会、勝利の門のモザイク

後陣の半ドームモザイクのまわりの平壁もモザイクで装飾されている。
この部分は勝利の門あるいは勝利アーチと呼ばれている。それぞれ見ていくと、

栄光のキリスト 勝利の門中央
『MOSAICO DI S.CLEMENTE』は、もはや十字架の上の殉教者ではなく、全人類を審判するために光背に包まれている。片手には本を持っている、その本は我々の全ての行いの象徴で、全てがそこに記されている。もう一方の手は祝福しているという。
栄光のキリストは、四福音書家あるいはその象徴に囲まれて表されることが多いが、この勝利の門は面積が限られているためか、四福音書家の象徴が横に並んでいる。

左端は聖マルコの象徴ライオンで翼があり、書物を持っている。その下には2人の人物が座っている。中央よりにいるのが聖パウロ。
聖パウロが聖ロレンスにキリストの十字架に従うよう教えている。聖ロレンスは十字架を持っているが、足の下に火が見える。彼は253年に火あぶりにされ殉教したという。
次は聖マタイの象徴人の顔で、翼と頭光があり、王冠を持っている。
続いて聖ヨハネの象徴ワシ、頭光があり王冠を持つ。
右端は聖ルカの象徴牡牛で、翼があり、書物を持っている。その下には2人の人物が座っている。
聖ペテロが導く、「クレメンテ、私が約束したキリストを見よ」。クレメンテは碇を持ち、魚が周りを泳ぐ舟に足を置いている。彼は碇に繋がれて黒海に沈められ殉教したことを表しているという。
右端の人物がこの教会の名前の元になった聖人だった。キリスト教が公認される313年以前に殉教したキリスト教徒は聖人となった。
両側の2聖人の下には、左にイザヤ、右にエレミヤの旧約聖書の預言者が、神から託された言葉を記した帯状のものを広げて立っている。その下にはそれぞれ建物が並ぶ町が表されている。

後陣モザイクの一番下側には13頭の羊が並んでいて、左端の1頭は城壁に囲まれた町のBETHLEHEMと書かれたアーチの下から登場するところだ。
丘の中央に立つ黄金の頭光のある中央の羊はキリストを表し、他の羊たちはキリストの方を向いている。
ベツレヘムはキリスト誕生の地で、門の上のアーチと下の階段に子供がいる。子供はキリストか?という。
羊が通るアーチの下の円柱は斜めに溝があり、コリント式柱頭のアカンサスがそこに生えているように表されている。
右端にも城壁で囲まれた町があり、HIERUSALEMとかかれたアーチ門から1頭の羊が出てきた。
エルサレムはキリストが死んだ町で、閉じられた門の上の三角破風に十字架が、下の階段には雄鳥がいる。これは聖ペテロの否認を思い起こさせるという。
ペテロの否認については、市川喜一著作集のマルコ福音書講解82ペテロの否認の予言というサイトにあります。それはこちら
※参考サイト
市川喜一著作集総目次はこちら

※参考文献
「MOSAICO DI S.CLEMENTE」(発行年・出版社不明)