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イスタンブールでミマールスィナンの造ったモスクを見ていて、その前はどんな形のモスクだったかが気になって、オスマン帝国の古都を旅してきました。最後にはまたイスタンブールを訪ねます。 詳しい事柄は忘れへんうちにに記事をのせます。

2015年8月20日木曜日

サマルカンドで街歩き2 アク・サライ廟を探して


早朝、9:グル・エミール廟周辺に散歩に出掛ける。

ホテルに面した広い通りを渡り、一歩入ると、そこにはサマルカンドの人々の暮らす町並みが現れる。右の建物はおそらく大学。
道路は舗装されていなくても、すでに車社会となっている。前方の壁に装飾のある家のところまで行ってみよう。
右手の道は外壁に薪が積まれた家が幾つかあって迷い込んでみたいが、道路に何かが盛り上げてあって通り抜けられそうにない。

前方の舗装された小道を行くことに。
道に落ちた花びらを食べているのか、一羽の小鳥がいた。何という鳥だろう、すぐに飛び去ってしまったが。
この通りでは、金属の細い溝が真ん中に設置されている。
左手に灯りの灯る家発見。もうすぐお店が開くのかな、もう開店しているのかな。パン屋さんかも知れない。
その向こうでは道を掃く人がいて、昔の日本のよう。
「アッサローム・アレイコム」
そう声をかけると、通りにいる人はみな、胸に手を当てて敬意を表してくれる。
「サローム」とか「アレイコム・アッサローム」と言ってくれる人もいる。
街灯や屋根の上の煙突が趣があるなあ。
右手にもっと狭い通路。さっき挨拶したおじさんが、ナンを提げて帰っていく。

実はグル・エミール廟の近くにあるというアク・サライ廟にいってみようと思ってここまで来た。勘を頼りにこの通りを歩き続けることにする。

ふと左手の道の先を見ると、ミナレットが見えた。
その道にちょっと入ってみると、グル・エミール廟のドームが。
グル・エミール廟がこの先ならば、アク・サライ廟はさっきの道をもう少し進んだところに違いない。
このままこの通りを歩いていこう。
その道は突き当たってT字路となっていた。左に曲がったところで、向こうから歩いてきたおじいさんと出くわした。
「アク・サライ?」
「アク・サライ!こっちじゃないよ。むこうだよ」
もちろん言っている言葉は全くわからない。
すると、その老人は、アク・サライへの道はこっちだと、連れて行ってくれた。
そして、ここだと教えてくれたのは、なんと先ほどグル・エミール廟への道と思ったところだった。
細身のお爺さんは礼を言うヒマもなく戻って行ったので、写真がない。
進んでいくと道なりに右へ曲がる。
今度は左に曲がるのかなと思って前をみるとアク・サライのドームが目の前にあった。
左方向に進んで小さな広場に出ると、15:アク・サライ廟が鉄柵に囲まれて、出入口には鍵がかかっていた。

実は『イスラーム建築の世界史』で内部の図版を見て、できれぱ見学したいと思っていたのだが、時刻が早過ぎたかな。
このような構造を井桁状のアーチ・ネットと呼ぶらしい。
それについてはこちら

アク・サライ廟は小さな広場に面しているのだが、この広場から向きを変えると、昨日見学した9:グル・エミール廟があり、しかも壁に開口部があったので、ちょっと入って見ることに・・・
この辺りからは、二重殻ドームがよく見える。
木が邪魔だが、ドームだけでなく、基部のムカルナスも正方形と長方形の色タイルで作っていることがよくわかる。
そして塀に沿ってグル・エミール廟を回り込むんでいく。ちょうど朝日が当たってオレンジ色になった。
廟の北東側の建物基礎と木の植わった中庭のようなところは、
ムハメド・スルタンのメドレセのあったところだった。
回り込むとアク・サライ廟の長い二重殻ドームが見えた。
反対側には14:ルハバッド廟。
せっかくなので行ってみよう。

       サマルカンドで街歩き1 レギスタン広場からシアブ・バザールへ
                         →サマルカンドで街歩き3 ルハバッド廟1

関連項目
サマルカンドのアク・サライ廟に井桁状のアーチ・ネット
サマルカンドで街歩き4 ルハバッド廟2
サマルカンドで街歩き5 レギスタン広場へ
ドームを際立たせるための二重殻ドーム
グル・エミール廟1 外観
グル・エミール廟2 内部
グル・エミール廟3 南及び西側

※参考文献
「中央アジアの傑作 サマルカンド」 アラポフ A.V. 2008年 SMI・アジア出版社
「岩波セミナーブックス11 イスラーム建築の世界史」 深見奈緒子 2013年 岩波書店