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エジプト旅行の記事を始めます。 興味を惹かれたものについての詳しい事柄は忘れへんうちにに記事をのせます。

2026年8月7日金曜日

サッカラ 階段ピラミッド複合体2 セルタブと石棺


サッカラのピラミッド複合体見下げ図(説明パネルより)
見下げ図(現地説明パネル)
周壁 ➋入口(現在ではここからしか入場できない) ➌列柱廊 ❹中庭 ➎セド祭のマーク ❻ジェゼル王のピラミッド(第3王朝2代目) ➐セド祭の中庭 ❽南の礼拝室 ❾北の礼拝室 ❿セルタブ ⓫葬祭殿 ⓬北側入口 ⓭石棺の竪坑への通路 ⓮地下貯蔵庫 ⓯ウセルカフ王のピラミッド(第5王朝最初) ⓰ウナス王(第5王朝最後)のピラミッド


ジェゼル王の階段ピラミッド立面図 『図説古代エジプト1 ピラミッドとツタンカーメンの遺宝篇』より
ジェゼル王の階段ピラミッド立面図 図説古代エジプト1 ピラミッドとツタンカーメンの遺宝篇より

ピラミッドの東壁は上の図のように、一番外側が初めの4段のピラミッドの薄い壁で、少し抉れると増築部分が露出する。

地下への新たな通路が発掘されたのだろうか。階段状のものが見える。向こうの壁は、左手が規則的に切石を並べているのに対して、右側は川石を乱雑に積んだように思える。

近年の補修による切石の右側はマスタバ墳の増築部分が露出しているのかな。形の異なる大きな切石が斜めに重なっている。


遠方に➒北の礼拝堂が見えてきた。

❽南の礼拝室は入口の上部が残っていたが、こちらは残っていない。入口の左右の付け柱が左右対称になっていないのは同じ。


パピルスの柱頭のある3本の付け柱は等間隔に並んでいる。

右の柱頭の頂部の膨らみが上に石材を載せるためのものではなかったことを表している。
しかし『ANCIENT EGYPTIAN ARCHITECTURE IN FIFTEEN MONUMENTS』(以下『AEA』と省略)はこれは付け柱ではないという。
それについては後日忘れへんうちににて 


北面に回り込むと前方の崩れた石積みよりも気になるものが目に入った。

それは➓セルタブと呼ばれるジェセル王の石像が安置された石造の部屋だった。

10数年前に見学した時はピラミッドに近づけなかったので、今回は非常に楽しみにしていた。ところが何と、こんな写真しか撮れなかった。もっとガラスに近づいていたらジェセル王像が写せたのに。ガラスに反射した遺跡を背景にした私の手とカメラだけとは・・・


この二つの穴からも中が覗き込める。像はレプリカだけれど。


ところがカメラの調子が突然おかしくなり、液晶モニターには何も写らなくなってしまって、どう写るかも分からずシャッターを切った。右の穴は2枚ともピンボケだったが、左の穴からは右上半身が写せた。


もう1枚は顔は写ったが腕がない。後日博物館で本物が見られることを期待しよう。
もっとも、本来この二つの穴は、人がジェセル王像を見て礼拝するためのものではなく、ジェセル王像が北極星を眺めるためのものだったという。


石積みの遺構を避けて蛇行しながら⓫葬祭殿へ向かう。

石壁はどんどん低くなる。



北側を望めば瓦礫を積み上げたようなウセルカフ王のピラミッド
(第5王朝初代、前2494-)

遠望するとサッカラのネクロポリス群やアブシールのピラミッド群


⓫葬祭殿
もっと高い建造物があったのだろう。

説明パネルの見下げ図の向きを変えるとこんな風になるが、葬祭殿というのがどんな祭儀をどのように執り行ったのかが、この図から見えてこない。


それはともあれ、葬祭殿の中に北の入口があった。
ここは滅多に見学できないそうだが、幸いカイロ~天使たちの暮らす街~さんのサッカラ階段ピラミッドの地下の間に入場その1で内部の様子が分かります。こんなに青緑色のファイアンスタイルが貼られていたとは!

ここの説明パネルにはこんな写真があった。
ジェセル王の花崗岩製墓室上部に刻まれた碑文
この写真は、エジプト大博物館保存センターとの協力のもと、RTI(リアルタイムイメージング)法を用いて撮影された。


階段ピラミッドの北西角へ。

西壁に沿ってひたすら歩く。右手地下には⓮貯蔵庫がある。


南西角から南面へ。


中庭にあるD字形のものはセド祭で王が走る範囲を示すもの。

そして、南壁には第26王朝時代(前575-644年頃)に設けられた入口で、⓭石棺の竪坑への通路となっていて、今年限定で石棺が特別見学できる。
階段を下りて、

平らな通路へ。


途中で列柱の左側から右側へ変わって、

やがて竪坑へ辿り着いた。早速のぞき込むと、白い石(花崗岩ということだったが)が並んでいた。深さが28m

少し拡大すると、木材が所々に使われている。

位置を変えて撮影。周囲の壁に一つずつ通路がある。石棺の高さは3mという。

北東の通路は下り階段のよう。

器のようなものがある北側が頭部だと思った。

白い石には文字らしきものが線刻されているようだ。
それより気になるのが玉子の殻状のもの。

これは土器か、それとも極薄に削った石か。棺の蓋にするものではないだろう。内部にも石が入れられているみたい。


北壁に壁龕のようなものがある。

壁龕の中は階段状になっているようだ。

もっと上の方を見上げると、補強のためと思われる木があちこちに渡してある。

創建当時のものだと思いたい。

交差している木材も。




「世界遺産を旅する12 エジプト・アフリカ」 1999年 近畿日本ツーリスト
「吉村作治の古代エジプト講義録上」 吉村作治 1996年 講談社+α文庫
「図説古代エジプト1 ピラミッドとツタンカーメンの遺宝篇」 仁田三夫編 1998年 河出書房新社
「ANCIENT EGYPTIAN ARCHITECTURE IN FIFTEEN MONUMENTS」(AEAと省略) FELIX ARNORD 2022年 The American University in Cairo Press