本日の行程 Google Earth より
シヴリヒサルの町 Google Earth より
シヴリヒサルは低いが三方を山に囲まれた小さな町だった。その奥まったところにウルジャーミイ(↓印)がある。
シヴリヒサルのウルジャーミイは短辺の左寄りに入口がある。
説明パネルは、セルジューク朝時代から今日まで残るウル・モスクは、アナトリアにおける木柱モスクの最も優れた例であり、軍事裁判官であったエミール・ジェラレッディン・アリ・ベイによって建設が命じられた(最古の碑文によれば1231-32)。メヴラーナ・ジャルール・アッディーン・ルーミーの信奉者であり、カイホスロー三世(15代皇帝、1266-84)の公選弁護人であったミカイル・ビン・アブドゥッラーによって1274年に建物の最終的な形となった。
モスクは、メフメト二世の時代に、ヒア・ダンブルによって1440年に修復されたという。
建物の壁面は不揃いな石の層の間にレンガや木材が部分的に挟まっているが、ビザンチン時代から行われているアルマシュク(異なる種類の建材を交互の層に積み上げて壁を築く技法)ではなさそう。
❷礼拝室
入ると節のある細い丸太の柱が並んでいた。
SIVRIHISAR BELEDIESI の Sivrihisar Great Mosque UNESCO World Heritage は、セルジューク朝時代から現在まで残っているアナトリア最大の多柱式モスク。屋根は67本の木柱で支えられており、そのうち19本には大理石の柱頭が用いられている。ペシヌス Pessinus から運ばれてきたと広く信じられている様々な古代の柱頭。
東西方向に伸びる長方形の構造の礼拝室は、水平方向を示すシンプルなタイプである。800年の歴史を誇るシヴリヒサル大モスクは、2500人が同時に礼拝できる広さを誇り、アナトリア地方でも数少ない木柱式モスクの一つ。セルジューク朝時代の傑作であり、現代まで残る貴重な建造物。地区の中心に位置し、その広さやその他の特徴から、ウル(大地)という名にふさわしい規模を誇るという。
多柱式モスクや礼拝室が横長なものは他にも見てきた。これについては後日忘れへんうちににて
ムアッジン用マッフイルのある空間の天井が一番高い。
自然の木を枝を払い、節も出たままの木の柱が5列並んでいる。
ムアッジン用マッフイルからの眺め。小さな明かり取りとところどころに吊られた蛍光灯。
アンカラのアスランハネジャミイと違って、ミフラーブとミンバル(説教壇)が長辺にあるが、こんな写真しかないとは・・・ 天井や舟肘木に気をとられていて😓
同ページは、ミンバルとミフラーブの向かいにある3本、その後ろにある1本、バザール側の出口にある2本の柱(一部は装飾がない)の計6本の柱が、創建当時のまま残っているという。
木柱の浮彫
柱と梁の間に日本の建築用語でいうと舟肘木が並んでいるのが興味深かった。
ミフラーブ
ミフラーブはマッカ(メッカ)のカーバ神殿に向かって礼拝する方向を示す大切なもの。アンカラのアスランハネジャミイではモザイクタイル、そのほかにも全面タイルで覆われたり、大理石で造られるなど、荘厳されてきたのだが、この礼拝室のミフラーブは漆喰装飾なのだろうが、さまざまな文様を和紙で表したような、柔らかな質感の漂うものだった。
ミンバル
舟肘木のようなものは結構複雑に細工されているが、天井の丸太は曲がったものもある。
ミフラーブ
ミフラーブはマッカ(メッカ)のカーバ神殿に向かって礼拝する方向を示す大切なもの。アンカラのアスランハネジャミイではモザイクタイル、そのほかにも全面タイルで覆われたり、大理石で造られるなど、荘厳されてきたのだが、この礼拝室のミフラーブは漆喰装飾なのだろうが、さまざまな文様を和紙で表したような、柔らかな質感の漂うものだった。
細部については後日忘れへんうちににて
ミンバル
ミンバルも素晴らしいが、クルチ・マスジド・モスクから移設されたものという。
外に出ると町を囲む山、そして町の人たちの憩いの広場があった。
❺シャドルヴァン(清めの泉亭)はモスクから離れたところにあり、ロバに反対に跨がるナスレッディン・ホジャ(トルコ人の間で語り継がれる頓智話の主人公)の像に小さな子供たちが寄ってくる。
同ページは、バルコニー下のハニカム構造は、セルジューク朝時代のレンガ細工の素晴らしい例という。
ミナレット建設時に頂部の円錐形部分の下にシアンブルーのタイルが並んでいるという。
1409年のタイル。ミナレットに空色タイルが嵌め込まれるようになったのは11世紀のことで、ミフラーブよりも先。それについてはこちら
その後エスキシェヒルへ。 Google Earth より
ユヌスエムレ通り UnusEmre Cd. のポルスク川 Porsuk Çayı に①架かる橋でバスを降り。橋からは整備された川の流れと住宅が眺められる。
建物の角が入口になっていて、創業者の写真の左右に掛けてあるオウムのトルコ語がパパンという。
トルコはパンがいろんな種類があってそれぞれ美味しいが、食パンは初めて見た。スープと辛~い青とう、そしていつものようにアイラン。
トルコはパンがいろんな種類があってそれぞれ美味しいが、食パンは初めて見た。スープと辛~い青とう、そしていつものようにアイラン。
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タイルの歴史参考サイト
SIVRIHISAR BELEDIESI の Sivrihisar Great Mosque UNESCO World Heritage このページにモスクの南北逆の平面図があります















































