お知らせ

イラン・フランス南西部のオクシタニー地方の旅行記に続いて、南イタリアの旅に入りました。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2008年10月24日金曜日

竹田城跡1 山城は353.7mの山の上


竹田城は兵庫県朝来市和田山町にある。山城だというが、こんなに高い山にあるとは思わなかった。


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独立した山なので、播但連絡道路からも一般道からも、いろんな方向から眺められる。 車で10分も上ると駐車場に着く。そこに竹田城跡の図や歴史などが書いてある看板があり、解説が置いてある。JR播但線、竹田駅の西方、古城山(標高353.7m)の山頂部が竹田城(虎臥城、とらふすじょう)という。 駐車場から急勾配の道をのぼり詰めると、石垣が前面に現れる。踏み跡をたどって右の方に回り込んだ。さらに城壁を左に見ながら進んで、石段をあがると花屋敷という広い空間にでた。 花屋敷の南には、入り組んだ石垣が見える。ここは本丸の後方だった。
嘉吉年間(1441-4)、守護大名の山名持豊(宗全)の有力家臣(国人)のひとり、太田垣の築いた城郭であります。そのころの竹田城は砦に近い小さなものであったでしょう。その後、文禄年間(1592-5)から廃城になった慶長5年(1600)に近いころ、いまのような豪壮な石垣積みの城郭となりましたという。戦のための城なので、当然かも知れないが、短い期間で造られ、そして廃墟となってしまったんだなあ。

ここからは右端の方から時計回りに石垣をのぼっていく。 午前に見学に行ったので、しばらくは日陰を歩く。奧殿というらしい。この先で石垣が途切れている。

角を曲がると北翼が見渡せた。二の丸・三の丸・北千畳の順に段が低くなる。三の丸の右端から竹田の町を見下ろす。大手門へと続く道に人がいる。竹田駅から徒歩で登ってきた人だろうか?北千畳より本丸を眺める。石垣が複雑に折り重なっている。竹田城跡はこんな風にいろんなところから、あちこちに残る石垣が見えて、時にはこのように重なったりして、変化があってええなあ。

※参考文献
「但馬和田山国史蹟竹田城跡」(和田山観光協会)