お知らせ

イラン・フランス南西部のオクシタニー地方の旅行記に続いて、南イタリアの旅に入りました。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2018年9月3日月曜日

カオール 土曜市


ヴァラントレ橋(Pont Valentré)を堪能した後はギュウタヴ・サンドゥ通り(Rue Gustave Sindou)へ。
地図は『laissez-vous conter Cahors』という小冊子(以下小冊子)より。グレーの部分が旧市街。

歩道には街路樹や植え込みの水遣りのためか、鉄製の樋のようなものが架けてあって、
落口の下には「飲用不可」という注意書きが。植え込みといっても野草が多く、見ていて楽しかった。
続いてサンジェリ通り(R.Saint Géry)へ。
アカンサスが咲いていたのは意外だったが、その後あちこちで見かけた。
通りから公園のようなところに入って、
歩き続けると切石が敷き詰められたシャプー広場(Place Chapou)に出た。19世紀整備されたという。トゥールーズのキャピトル広場よりも広大だった。
正面にレオン・ガンベッタ(Léon Gambetta)像がある。
何故かここだけ黒い石。ローマ時代の列柱があった場所とか。
右から添乗員の鈴木氏、フランス語ができる添乗員で、しかも「その土地の歴史や風土を踏まえて旅をする」という姿勢に、自分の旅行が、ともすると美術品や建物の構造などしか見ていなかったことを思い知ったのだが、この旅でも結局はそれに終始したような気がする。
続いて現地ガイドのスーザンさん。フランス語ではSuzanne(シュザンヌ)だと思うが、英語でガイドすることが多いので、自分の名を英語風に発音していたのだろう。
地下は駐車場になっていて、その階段を降りて、すごいスピードで狭い通路を通過していく車を除けながらスーザンさんの後を着いていくと、驚いたことにローマ時代の遺構があった。
小冊子は、ケルシー(Quercy)から名がとられたカドゥルシ族(Cadourque)は、リュクテリウスの指揮の下カエサルに戦いを挑んだ最後の人々である。前51年ウクセルドヌムの戦いによってガリア戦争は終結した。
アウグスティヌス帝の時、カドゥルシ族の領土の中心に、聖なる町がケルトの女神に捧げられた。その名はディヴォナ(Divona)。発掘によってディヴォナの街の豊かさを知ることができた。劇場、円形闘技場、巨大な公衆浴場、円形神殿・・・碁盤の目状に通りが十字交差し、職人の露店やモザイク装飾のある金持ちの邸などが並んでいる通りを想像することができる。幾つもの壺焼き窯や亜麻布と思われるものも発掘されているという。ホテルの名前にDivonaが付いていたのは、カオールのガロ・ローマ時代の名称だったのだ。
奥の灯りはまだ発掘作業の行われている箇所
円形闘技場の外壁ということで、横に長く等間隔で扶壁が並んでいる。
スーザンさんによると、この切石積みの外壁はオリジナルと修復された現在のものとがあるという。
左側が修復壁、右側がローマ時代のもの。ローマ時代の切石高さは揃っているものの、幅は長いもの短いもの、その中間のものなど揃っていない。
レンガの内側の様子
ちょっと無理したパノラマ合成(何でこれを1枚に撮らなかったのか)
右手すりの下は階段。壁に沿って造られていて、闘技場への出入りに使われていた。観客席は左向こうにあるので見ることはできない。
パネルの説明は、円形闘技場は、舞台を巡る観客席の段は外側のアーケードの層に呼応している。最も大きなものは、3-4層のアーケードがあり、57mもの高さがあった。ディヴォナの円形闘技場は、後1世紀中葉に建造され、高さ5.5m長さ55mが保存されており、半円アーチの大きな壁面を見ることができる。扶壁で支えられ、後部に広い出入口と呼ばれる通行用の開口部があるという。
発掘時の闘技場。右上が街の南北を貫くガンベッタ大通り。
シャプー広場の北側にある白い建物は1605年に創設されたイエズス会の学校。円筒形の鐘楼は1676年のアントワーヌ・シャサニャールの作品という。

ガンベッタ大通り(Boulevard Léon Gambetta)を渡って振り返る。通りの向こうの二階建ての建物がカオールの観光案内所。
そしてここから東の細長い地域が旧市街。
旧市街南部
小冊子は、カオールは侵略によって破壊された。630-655年、ディディエ司教がケルシー地方を治め、カオールの市壁を補強し、おそらく司教座付聖堂を置き、サンジェリ修道院を創設した。中世初期の街はほとんど残っていないという。
市壁は現在ガンベッタ大通りになっている。1638年、クリストフ・タサンが描いた地図。2つの地区からなるカオールの構造は、19世紀まで存在したという。

ジョルジュ・クレマンソー通り(R.Georges Clemenceau)を東へ向かう。
向こう正面に半分顔を出しているのは聖ウルシア教会(Eglise Saint-Urcisse)。小冊子は、12-19世紀の様式が残っている。扉口はロマネスク様式という。
左手の狭いフォンデュ・バス通り(R.Fondue Basse)。こんな露地に迷い込んでみたい。
左折してサンモリス通り(R.Saint Maurice)に入ると、カオールの中央市場(Les Halles de Cahors)の建物まで衣類を売る店が続いてる。

中へ入るといろんなものが売られていた。
せっかくなのでこの地方のお菓子を2品購入。
クルミのケーキ(gâteau aux noix)
スーツケースの中でも押しつぶされず、部分的には少々へこんだ程度でした。
断面。生地に皮付きクルミを挽いたものが混ぜてある。軽く見た目よりもふんわりしている。

直訳すると串焼の菓子(gâteau cuit à la broche)
フランス版バウムクーヘン。円錐形の芯を使うためこんな形になる。バウムクーヘンほど厚くないので、移動の度に崩れてしまったが、甘さ控えめで美味しかった。

チーズ(もちろんカオールやその周辺で作られたものが並んでいる)。
買って帰りたいがまだ旅は始まったばかり。ここではやめておこう。
山羊のチーズ(山羊の絵がかわゆい)。左奥の小さな山羊チーズは朝食でも出た。フレッシュタイプなので全然癖がなかった。
今回はこんなセミハードタイプを買いたいと思っている。
カオールの赤ワインは黒ワイン(Vin noir)と呼ばれるほど色が濃い。しかし甘口という。
パンも買って帰りたいが、やはり早すぎる。
1㎏いくらという値段の表示はどの食べ物も同じ。
こんな風に竹串に刺してあるものも。
左手前の七面鳥(dinde、インドのという意味)、右手前が鶏、二列目は左右とも子羊で右奥は牛
肉の加工品
鶏肉など

スイカ(pastèque、melon d’eau)にハミウリっぽいメロン。
アプリコット(フランス語ではabricot、アブリコ)や桃も。
何と新疆で初めて食べた蟠桃が平たい桃(ペシュ・プラト、pêche plate)という名で売られている。これは持ち帰れないので、道中に堪能しました。


外に出ると、向こうにサンテティエンヌ司教座付聖堂の塔が見え、木々の下の広場には食料品店がずらりと並んでいた。
中央市場は常設で、週2回開かれる朝市のうち大きな市が土曜だという。
テントに隠れているが、進入禁止のマークの少し向こう、一対の街灯の下に公衆トイレがある。無料。オール・ステンレスで、赤は使用中。使用後黄色いランプが付いて洗浄し、緑のランプになると次の人が入れるという構造になっていて、ローマの地下鉄のトイレにもあった。
しかしそそっかしいのが常の私は、先の人が出るとすぐに入ってしまい、洗浄の水が掛かって足もとがびしょ濡れになってしまった。次に見えたのはトルコ式トイレだった。その瞬間思い出したのが玉村豊男氏の『パリ 旅の雑学ノート』(1977年)で、男性用にはトルコ式があって、水を流す際に凄まじい勢いで水が噴出するということだった。パリはともかく、40年後のフランス南西部では、今でもこの注意は生きている。
広場を囲む建物は鄙びたものが多く私好み。
サンテティエンヌ聖堂はドームが二つ並ぶ特異な形をしているが、広場からはよく見えない。

広場のお店
肉の塩漬け製品?
八百屋
サクランボは2種類。
葉物ばかり木箱に入れて売っている。自分の畑で収穫したものだろう。
ハーブ屋も。
SHIITAKEも売っていた。ほかの野菜や果物と比べると高い。

魚屋は保冷できるようなトラックで来ている。


カオールから50㎞ほど南方の町サルヴァニャク(Salvagnac)からも自家製のものを売りにやってきている。
その製品の一つ、トム(tomme)というセミハード(demi sec)タイプのチーズ。
左から煎った胡麻パン、レーズンパン、ケシの実パン。
蜂蜜屋、中央アジアやイランのような巣蜜はなかった。
miel de fleurs sauvages(野草の蜂蜜)miel de forêt(森の蜂蜜)を購入。

その後サンテティエンヌ司教座付聖堂を見学して昼食となったが、市場に近いレストランだったので、ついでに。
地元の食材だけを使うというみせ。店内はシックな内装。
この地方はフォワグラの産地でもあるので、フォワグラのソテとリンゴソース。
店員が「熱いので注意」と熱々のお皿を運んできた。
子羊の背肉(carré d’agneau)をレア(saignant)で。
下にはいろんな野菜が敷かれていてかなりのボリュームだったがもちろん完食!

食後広場はほとんど片付いて、清掃車が走り回っていた。



    カオールで朝散歩←    →サンテティエンヌ司教座聖堂

関連項目
蟠桃

参考にしたもの
『laissez-vous conter Cahors』という小冊子 Emmanuel Carrère 発行年不明 service communication ville de Cahors
「パリ 旅の雑学ノート」 玉村豊男 1977年 ダイヤモンド社