お知らせ

イラン・フランス南西部のオクシタニー地方の旅行記に続いて、南イタリアの旅に入りました。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2019年1月7日月曜日

コンク 朝散歩3 バンカレルまで


本日はアルビへ移動。最後の朝散歩にバンカレルの絶景ポイント(Site du Bancarel)に行ってみることにした。
①サントフォワ修道院聖堂 ②鉄の門(Porte de Fer) ③バンカレルの絶景ポイント

まずはサントフォワ修道院聖堂を眺め、

修道院経営の書店と隣の建物を繋ぐ屋根付き廊下の下を通っていく。
この門は何かの本にモノクロームの写真があり、コンク村のどの辺りにあるか探してみようと楽しみにしていた。きっと斜面の上の方の村はずれにあるのだろうと勝手に予測していたのだが、昨日の午後にサントフォワ修道院聖堂の近くにあるのを見つけてしまい、少々がっかりしたのだった。
せっかくなのでモノクロームに編集してみたが、その写真の雰囲気は出ない。それに、こんなに広い通路だとは思っていなかった。
溝の上に並んだ不揃いな細い石。
宝物館の裏側。こ張り出した屋根は水槽のため?

鉄の門
『CONQUES』は、切妻の楣石を具え、「鉄の門」(ベルフェリ Belferriともいう)は戦略的な重要性は少ないとはいえ、庭園とウシュ川(L’Ouche)に続く野原を繋ぐものだという。
左の段から庭園に行けそう。
庭園というよりも草地だった。
前方にバンカレルの十字架とその先の岩場がよく見えた。
前方左の山腹にサントフォワ礼拝堂の塔。それはフィジャックへの巡礼路にあり、アンヌさんによると、アジャンからサントフォワの像を担いで帰る途中、疲れた修道士はこの場所に像を置いてひと休みした。その時サントフォワが現れて、水を湧き出させた。今でも湧き水があるのだとか。
右は市壁。
鉄の門を出たところで振り返ると、サントフォワ修道院聖堂の塔が真上にあった。

石垣に沿って西へ。
急斜面の畑
前方にバンカレルが見えるが、この間にはウシュ川の谷がある。
小さな集落が現れて、
最初にある煙突の家の手前に踏み跡があったので、下って行った。
谷には意外と民家がある。柵に従って左(東)方向へ。
どんどんと下った先で右折。川に流れ込む水の音と、ウシュ川の流れる音の違いがわかってきた。
この鉄板がウシュ川を渡る橋。
昨日ローマの橋から見下ろしたドゥルドゥー川の水は濁っていたが、ウシュ川の水は透明で、流れも速い。渡って左方向へ。
折り返して上っていくと、柵があってバンカレルまで行けないのかと驚いたが、径は左に続いてた。これは上から見えていた家かな。
ゆるいジグザグになった道を行く。この辺りにはほとんど花を見かけなかった。
東方向はまだ太陽の光は当たらず鬱蒼としている。
次の曲がり角の下に柵のあった土地と、葉には隠れているが大きな家屋があった。おそらく谷の反対側から見えていた家だろう。
木の間から谷の北側の村はずれの家並みが見えてきた。

切り株が集められているのかな。

もう少し高度が上がったところでユミエール城(Château d’Humières)が同じくらいの高さに見えた。
そして右を向くとコンク村が。
ここまで来ないとみることのできないサントフォワ修道院聖堂の南面。
斜面の上方には葡萄畑があった。

やがてタイヤ跡のある道に出た。ここから南側にGR62号線の道路になっている。
もしやと思って右側を向くと十字架が立っていた。鉄の門を出て17分が過ぎていた。
十字架を通り越してその先には岩場が。これがバンカレルの丘?
たぶんここなのだろうと、とりあえず1枚。
岩場の先でコンク村全体が入るようにパノラマ合成。
ここでは花が咲いていたので、別にまとめます。
上の方にあるヴァンゼル門(Porte de la Vinzelle)と下の方のバリー門(白→印、Porte du Barry)の間に市壁(黄→印)が続いていたのがよく見えた。
左端の大きな建物に郵便局がある。
村の中心部へ
市壁跡がところどころ残っている。
その市壁に開いた鉄の門(白→印)から出て、ここバンカレルの丘までやってきたのだった。ホテル・サントフォワの2泊した部屋(黄→印)も写っていた。
東のはずれ。
市壁には円錐屋根の監視塔があって、その上は墓地になっている。
そして山の斜面の葡萄畑と思われるところ。

振り返ると西の山々に日が差し始め、ドゥルドゥー川(Le Dourdou)から靄が上がってきた。

そろそろ戻る時刻。
いつの時代の十字架だろう。
三方の先が花のように開いている。
その下は、アーチ形の部分に文字が刻まれ両肩に人頭、ということはロマネスク期のもの?
渦巻の柱頭が2つ。その下に円柱がのびてるいが、すぐに別材になっている。
円柱の間には真っ直ぐな葉文様。
側面も同じような装飾だが葉文様はない。

同じ道を戻ってきた。行きは谷川を眺めがちだったが、帰りは山側を見ながら歩いていると、市壁らしきものがあった。
いろんな時代に築かれてきたのだろう。

鉄の門をくぐるとサントフォワ修道院聖堂の塔が見えたので、やっぱりまた教会前広場へ行って見よう。
この屋根を支えるV字形の梁が面白い。2つ並んでいるのは石臼かな。それにして色彩ゆたかな壁面である。
教会前広場で、タンパンを正面に見ながら、昨日お昼を食べたオ・パルヴィ(Au Parvis、教会前広場でという意味)というクレープ屋の椅子に坐って絵葉書を書いていると、
日陰ではあるが、日中に正面から写せたのはこれが初めてかも知れない。
ホルンを持って出発していく巡礼者がいたので、ちょっと聞かせてもらって記念写真を。
その後ゴンザク・フロロン通り(Gonzaque Florens)へ。
途中の家並みの切れたところから、日が当たりだした山並みが見えた。今日も良い天気になりそう。
バンカレルの岩場と十字架

その先の郵便局で絵葉書を出そうと思ってやってきたというのに、シャッターがおりている。国旗の下にあるのはポストではなく、ATM。昔から外にある。
シャッターの隙間がひろかったので、絵葉書を無事投函できた。

そしてホテルで朝食。カフェオレは最後に飲むのでいつも巨大カップは空。

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参考文献
「CONQUES PAS À PAS・・・ DANS L’HISTOIRE DE CONQUES」アヴェイロン県のコンク案内リーフレット