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ラベル ポンペイ・エルコラーノ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2020年1月16日木曜日

エルコラーノ2


⑪ネプチューンとアンフィトリニテの家 ⑫黒いサロンの家 ⑬ククマスのボッテガ ⑭フォロとデクマノヌス・マクシムスという東西の大通り ⑮テルモポリウム アウグストゥス崇拝殿 バシリカ・ノニアーナ ⑱2つのアトリウムのある家 ⑲骸骨の家 ⑳㉑アルベルゴの家 ㉒アルゴの家 ㉓アリスティードの家

⑪ネプチューンとアンフィトリニテの家
パネルは2014-15年の修復の成果
詳しくはこちら
これが見たかったネプチューンとアンフィトリニテのモザイク
左壁にもモザイクが。3つの壁龕には神像がアンチされていたのだろうか。

上のカルドⅣの浴場を過ぎて左側

⑫黒いサロンの家(Casa del Salone Nero)
入ったところがドーリス式円柱に囲まれた列柱廊だった。正面奥の部屋が黒いサロンという。
その左側はいくつかの部屋と台所がある。
建物の長い壁には細い列柱が並んでいる。
 列柱廊のある庭園とアトリウムを繋いでいたタブリウムを通る。
タブリウムにはわずかな壁画が残るのみ。
確かに壁画には黒っぽいところもあるが・・・
この邸宅の名の由来となった「黒いサロン」は修復中なのか、見ずにアトリウムまで来てしまった。
扉口だけでなく、壁にも木材が使われていた

⑬ ククマスのボッテガ
現在は保管所
酒の種類でも書かれているのだろうか。

⑭フォロへの入口とデクマノ・マッシモという東西の大通り

東の周壁北端にあり、フォロへの入口となる門
大理石の浮彫かと思うような漆喰装飾が残っている。
ここにアウグストゥスの像があったという想像復元図
右上の漆喰装飾
頂部

⑮ボッテガ
レンガ積みの間に石材の壁面があるが、オプス・レティコラトゥム(網目積み)ほどの緻密さはない。62年の地震の後に急遽修復したのだろうか。

アウグストゥス崇拝殿
入口から入ろうとすると、4本柱で支えられた大きな明かり取りからの光が眩しい。
詳しくはこちら

アウグストゥス崇拝殿の向いにあったという
⑰バシリカ・ノニアーナ
説明パネルは、後61年の蝋板に、アウグストゥス帝期にマルクス・ノニウス・バルブスがバシリカ・ノニアーナを寄進したことが記されていたという。
第3様式初期の壁画も残っていたという。

⑱ 2つのアトリウムのある家は見学不可
魔除けのゴルゴンの首が残っているが、その風貌には古代ギリシアのような恐ろしさはない。
入口入ってすぐのアトリウムと、別の部屋の奥に水溜めの傍に井戸の蓋が見えているので、それがもう一つのアトリウムだと分かった。2つアトリウムが一直線に並んだ間取り。

カルドⅢを通って出口方面へ。

カルドⅢの左側
⑲骸骨の家
見逃してしまいそうな扉口。人が出てきて幸いだった
矢印のような石の配列に誘われて入り込むと、
アトリウムがあったが、水だめが写っていない。なかったのかな?
向こうの木々が遺跡の終わり。

カルドⅢの右側
⑳天才の家(Casa del genio)

小像が見つかったことからそう名づけられたという。
敷地は奥へと続いている。
そして、カルドⅢに沿って長い邸宅だ。

カルドⅢ左側
㉑ アルベルゴの家(Casa dell’Albergo)
大きいが保存状態の良くないアトリウムと風呂はカエサルの時代。
今は果樹園のよう
広大な列柱廊はアウグストゥスの時代、
エルコラーノ屈指の敷地の広い邸宅で、もっと低い位置の庭園は、ポッツォラーナの採掘場だった(以上『HERCLANEUM』より)という。
ポッツォラーナとは、ローマン・コンクリートに使う火山灰。

カルドⅢの右側
㉒ アルゴの家(Casa d’Argo)
このアウグストゥスの時代の大きな家はオプス・レティコラトゥム(網目積み)の壁
東の列柱廊から
中の庭園へ。
西の列柱廊
結構な長さのある列柱廊である。
ドーリス式円柱の上の屋根瓦のようなものが、雨水を落とす樋口のよう。

カルドⅢ右側、アルゴの家の続きにある 
㉓アリスティードの家(Casa di Alistide)
アトリウム
奥に広い庭園と列柱廊があった。


橋を渡って出口へ。入ってくる人もいるけど・・・
広大なポンペイは一日がかりで見学しなければ公開されている邸宅など全てを回ることができない。
一方、このエルコラーノは、ポンペイに比べれば面積的にはずっと小さいが、炭化した木材が残っている邸宅もあって、1軒を見学するのに時間がかかるので、やはりじっくり見ようと思えば時間がかかる。

        エルコラーノ1←   →タルクィニア ネクロポリ

関連項目
エルコラーノ アウグストゥス崇拝殿
エルコラーノ ネプチューンとアンフィトリテの家

参考文献
「THE EXCAVATIONS OF HERCULANEUM」 Mario Pagano 2017年 Edition Flavius

2020年1月6日月曜日

エルコラーノ1


現在2つの頂上があるヴェスヴィオス火山は、見る方向によって姿が異なる。
ポンペイからエルコラーノに向かう途中で眺めたヴェスヴィオス火山。
エルコラーノ(ギリシアの植民都市ヘラクレニウム、 Hercules)遺跡の駐車場から眺めたヴェスヴィオス火山。
ヴェスヴィオス火山の噴火で埋没した町はポンペイだけではない。ポンペイは火砕流によって、ここエルコラーノは火山泥流によって姿を消した。
遺跡の入口へ
ポンペイと違ってエルコラーノは現在の町より下にあるので、見下ろすことができる珍しい遺跡。
遺跡の西端は当時の海岸線。向こうに遺跡への入口の橋が架かっている。

地図
①船の倉庫街 ②公衆浴場前広場 ③テレファスの浮彫のある家 ④テルモポリウム ⑤パレストラ ⑥大きな門構えのある家 ⑦板仕切りのある家 ⑧サムニテスの家 ⑨女性の公衆浴場 ⑩ボティガ

南は海に面した①船の倉庫街だった。
その上段に見えているのは、鹿の家(Casa dei Cervi
見学はできないみたい

倉庫のアーチ列には現在は扉が取り付けられ、その全て開かれている。そこに残っているのは、船で逃げようとして間に合わず、亡くなった人たちの骨。

予想が外れて地下通路から遺跡に入っていく。しかもこのトンネルは火山泥流の中。
その先は水が溜まっている
当時の階段を上って
②公衆浴場前広場に出た。
マルクス・ノニウス・バルブス像と火葬台


当時の火山泥流の厚い層は20mもある。ポンペイは高温の火砕流で一気に焼かれたが、エルコラーノは幾分低い温度の泥流が被さったため、建物には木材が残っているものもある。

更に広場に沿って坂道がついている。
左折してトンネルをくぐり、
当時の敷石

③テレフォスの浮彫のある家(Casa del rilievo di telefo)
アトリウムには、縦溝のある円柱の間に丸い大理石の板が吊り下げられている。
その一つ。海で泳ぐヒポカンポスが浅浮彫されている。
アトリウムの水だめにしては深い。
反対側には浮彫の板。
それは神話のテレフォスの場面で、アキレスの治療を受けるテレフォス。

④テルモポリウム(termopolium、暖かい食事を出す店)
第4様式の壁画がよく残っている。
大理石を貼り付けた台にはワインなどが入っている。
近くにネプチューンの水飲み場

⑤パレストラ(体育場)
この奥の周壁に沿って体育場は続いている。

下の大通り

⑥大きな門構えのある家(Casa del Gran Portale)
凝灰岩の柱頭には有翼の女性の立像が浮彫りされている。

⑦板仕切りの家(Casa del tramezzo di legno)へ
続く修復中の建物は2階に木製のベランダが張り出している。

内部
詳しくは忘れへんうちににて

⑧サムニテスの家(Casa Sannitica)
ローマ人より前にエルコラーノに住んでいた民族。
詳しくは忘れへんうちににて

⑨女性の公衆浴場
入口は狭い
入口に幾何学文様の舗床モザイク
水滴が落ちてこないよう、ヴォールト天井に畝がある
脱衣所の着替えを置く棚。その棚が落ちないように補強されている。
その下には海の生き物とトリトンのモザイク
卍繋ぎ文様の舗床モザイク
卍の間には正方形が組み込まれていて、その中にもいろんな文様がある。

⑩ボッテガ(Bottega)の一つ

    ポンペイ エルコラーノ門周辺←      →エルコラーノ2

関連項目
エルコラーノ サムニテスの家
エルコラーノ 板仕切りの家

参考文献
「THE EXCAVATIONS OF HERCLANEUM」 Mario Pagano 2017年 Edezione Flavius