お知らせ

イラン・フランス南西部のオクシタニー地方の旅行記に続いて、南イタリアの旅に入りました。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2019年1月28日月曜日

天空のコルド(コルドシュルシエル)2


コルドの地図(『Cordes-sur-Ciel』より)
ブテイユリー広場 ②時計門の見える階段 ③イヴ・ブライエ広場 ④フォントゥルニエ広場 ⑤ジャヌ門 ⑥オルモー門 ⑦グランゼキュイエ(ホテル) ⑧サンミシェル教会 ⑨グラン・ヴヌール館 ⑩ラドゥヴェズ館 ⑪ゴジラン館 ⑫フォンペイルズ館 ⑬屋根付き市場 ⑭グラン・フォコニエ館 ⑮フリュネとカリエ・ヴォワイエ館 ⑯ブリド広場 ⑰絶景ポイント ⑱パン門 ⑲ゴルス館 ⑳ヴァンクール門 ㉑バルバカヌ塔 ㉒時計門 ㉓サンジャックのカプレット 
『Cordes-sur-Ciel』は、コルドの大きな魅力は、南西部では唯一の彫刻や絵画装飾のあるゴシック期の館や、たくさんの中世の館があることだ。経年劣化でこのような館は損なわれていたが、メリメ(Mérimée)やヴィオレルデュク(Viollet-le-Duc)が見出したのは、地上階の大きなアーケードはしばしば壁になり、ゴシック期の柱間の部分は17世紀に大きな矩形の開口部になった建物だった。グラン・ヴヌール館、グランゼキュイエ館、グラン・フォコニエ館は19世紀にネオ・ゴシックの修復を受けているという。

レイモン7世大通り(Grand Rue RaimondⅦ)の南側にはグラン・フォコニエ館(Maison Grand Fauconnier 14世紀)
同書は、外観はグラン・ヴヌール館に似ているという。 

隣接するのはプリュネとカリエ・ヴォワイエ館(Maison Prunet et Carrié-Boyer 13世紀)

上り坂はここまで。
プリュネとカリエ・ヴォワイエ館の北側にはブリド広場(Pl.de la Bride)。その先は崖。
狭いサングレゴワール通り(R.Saint-Grégoire)を挟んで、右前方の小さな建物には両側に階段がついている。
左側には先ほどの屋根付き市場、そして奥にサンミシェル教会の鐘楼と監視塔。

北の端は絶景ポイントだった。
東側から
西側へ展望する。なだらかな丘陵地にコルドの丘がある。
農家の散在するなかに館のような建物もある。
コルドの丘の東の丘。霧がコルドの丘の下に立ちこめた時、この丘から眺めると天空のコルドらしく見える。

ブリド広場から眺めたグラン・フォコニエ館(右)プリュネとカリエ・ヴォワイエ館(左、13世紀)
2つの建物は、地面の傾斜に合わせて建てられているため、少し高さが違う。
カリエボワイエ館(左)とプリュネ館(右)
カリエボワイエ館について同書は、コルドで最も古い建物の一つである。時代の流れで、特に19世紀に改修されている。二階だけが住居で、一階は4つの尖頭アーチのアーケードがある。右から2つ目はタンパンに彫刻があしらわれている。二階の窓は完全に失われ、しかくい大きな窓になっている。三階は4つの二連窓がよく残っている。その支柱の柱頭はシトー派の伝統である飾りのない葉文様と留め金のある柱頭で、後者は葉文様のものよりも古く、それによって13世紀後半の建物とされた。
プリュネ館は、大通りに面したファサードを崩さないようにした。砂岩の色の変化が顕著。コルドの建物すべてにある縁飾りのある帯装飾がある。それでも以前の建物とは全く異なる。ファサードが狭いため、二連窓は3つずつ重なる。二連窓には尖頭アーチの縁取りがあり、明かり取りの穴は、二階が三つ葉形、三階が円形になっている。彫刻のある箇所は重要である。縦長の柱頭は二段の葉文様は強く飛び出して、ラングドック(Langdoc)地方14世紀初頭の回廊のものと同じ形であるという。
グラン・フォコニエ館について同書は、貴重な2つの階は、ゴシック様式の窓の非対称な配置である。二階に2つの三連窓、三階に3つの二連窓があるという。

レイモン7世大通り(Grand Rue RaimondⅦ)を下っていくと、左側は尖頭アーチの並んだ建物が連なり、
右側には矩形の門や窓のルネサンス以降の建物が並んでいる。
その先にパン門(Portail Peint、13世紀)があるが、その名の「描かれた」とされる壁画は見当たらなかった。
『中世の街角で』は、かつてここには皮革産業が導入され、14世紀のコルドは革製品や布製品の取引で賑わった。皮革産業としては、当時スペインのコルドバが有名であったが、そのフランス語名コルドゥーにあやかって付けられたのが、コルドという名前であるという。
その名の職業を継ぐ店が門の手前に残っていた。かつてNHKで放映された『世界・わが心の旅』シリーズに、木村尚三郎氏の「フランス 中世の街角で」があった。DVDからBRにダビングして大切に保存していたはずなのに見つからないまま旅に出て、その記録を作成している現在もまだ見つけ出せていないのだが、私の記憶に間違いがなければ、女性がバッグを作るこの店が紹介されていた。
この店で記念に紫色のショルダーを購入した。日本ではあまり見かけない色である。
先日田上惠美子氏の個展に行った時、田上氏から色がいいと褒められたので小さくアップ😊

門を出て振り返る。
左手には二番目の市壁との間はミトン通り(R.des Mitons、鏝)、時間があれば歩いてみたい小径である。
後方から全体を眺める。ゴシック期に建てられたが半円アーチの門、上階の窓は十字形のルネサンス様式のもの。
オルモー門からここまでがバスティード(要塞都市)と呼ばれる古い区域だった。

その外にはゴルス館(Maison Gorsse、16世紀)
同書は、この豪華な館は2つの13世紀の市壁に挟まれている。ファサードは2つの軸線で造られている。一つは通りに面しているという。
左の坂を下っていく。
振り返るとゴルス館は複雑な形で、大きな十字窓が並んでいた。その割に扉口は小さい。
同書は、もう一つの軸線は角度を変えて、先ほどのファサードと平行な建物。外観は並列しているようだが、内側では階段を囲んでいるという。
ずんぐりと力強い建物だ。

左のサングレゴワール通り(Rue Saint-Grégoire)と合流。

レイモン7世大通りはここまで。
赤レンガと木組みという組み合わせがコルドにもあった。
右に回り込むとヴァンクール門(Porte du Vainqueuer、13世紀)

ミトン通りよりも一段低い市壁との間のこの通りは、その名もレ・ランパール(Les Remparts 城壁と家の間の地帯)。
外から見たヴァンクール門
この門を回り込んで、
右奥のブカリエ通り(R.de la Boucarié)には行かずに、
レ・ランパール通りを右側の高い要塞のようなものを回り込んで下る。
それはバルバカヌの塔(Tour de la Barbacane、13・14世紀)だった。監視塔というだけでなく、兵士たちも居住できそうな大きな建造物だ。
カオールにもバルバカヌと呼ばれる外堡があったが、16世紀のものなので形はずいぶんと違う。
この先はバルバカヌ大通り(Grand Rue de la Barbacane)。

ぐるりと左に回り込むと傾斜も緩くなる。
その先はゴシック様式の窓が残る住宅?
しかし回り込むと右下が通路のように奥に突き抜けている。

来し方を振り返り、
先へ進む。
次に現れたのが、プチ・トランで見えた石段の上の時計門(Porte de l’Horloge)。
登ってくる正統派の人々。
プチ・トランが通ったブテイユリー通りと石段を確認して、
時計門を外から撮影。
時計大通り(Grand Rue de l’Horloge)と天空のコルドを眺める絶景ポイントの丘。
左の角に小さなサンジャック礼拝堂(La ”Chapelette” St-Jacques)。サンジャックはスペイン語ではサンティアゴで、聖ヤコブのこと。この地もまたサンティアゴデコンポステラへの巡礼者が通った町だった。角の円塔っぽいものには聖母子像がある。
一つだけのステンドグラスは聖ヤコブそれとも聖母子像?内部から写す時間がなかった。

第1市壁の中の町とは雰囲気は違うが、落ち着いた町並み。
土産物屋が並んでいるということもない。
この先がプチ・トランに乗ったブテイユリー広場。
もう一つのランテルヌ通り(R.de la Lanterne、ランタン)に観光案内所があった。
集合時間までの一瞬で絵葉書を書いて、ブテイユリー広場の近くの郵便局で投函。
振り返るとコルドの丘が。

すぐにバスで出発。東からのコルドシュルシエルを撮影して
郊外へ向かう。
間もなくレストランへ。 
広々として、ひんやりとした部屋でゆったりとした昼食タイム。
まずはガスパチョ・スープから。ひんやりとして、量も半端ではないので歩き回った体に染み渡る。
タラのフィレ 野菜の天ぷら添え
ジロール茸(アンズタケ)も。キノコ好きには嬉しい。
デザートは名前を失念
今回もパン以外は完食😍

天空のコルド(コルドシュルシエル)1← →アルビ サントセシル司教座聖堂

関連項目
天空のコルド ゴシック期の世俗建築

参考文献
「中世の街角で」 木村尚三郎 1989年 グラフィック社
「Patrimoineculturel Cordes-sur-Ciel」 Michèle Pradalier-Schlumberger 2005年 Édition Jean-Paul Gisserot