お知らせ

イラン・フランス南西部のオクシタニー地方の旅行記に続いて、南イタリアの旅に入りました。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2019年2月18日月曜日

アルビで朝散歩1 目覚める街


今日もいい天気。窓から眺めると狭い裏通りだと思ったが、
ホテルの表玄関から出ると、自分の部屋が表玄関の通りに面していたことがわかった。
ということは、この方向に行くと、タルン川に架かる1944年8月22日橋(Pont du 22 Août、1866年竣工)に行けるのだ。
1944年8月22日というのはパリがナチスから解放された日だったかな?
今朝はジョルジュ・ポンピドゥ通り(Lices Georges Pompidou)から新しい橋(Pont Neuf、19世紀)を渡って右岸へ渡り、古い橋(Pont Vieux、16世紀)を渡って旧市街に迷い込む予定。
ヴィガン広場(Place du Vigan)まで来ると時計があった、6時10分。
カオールでもあったカジノというスーパー。ここの手頃なチョコレートがイオンでも売っている。
橋に向かって下り坂。
橋に差し掛かると朝焼け。因みに朝焼けをフランス語ではオロール(aurore)という、つまりあのオーロラと同じです。
でも橋の中央まで行くと色褪せてしまう
ちょっと右手に太陽が顔を出した。
少し引いて


ということは街がバラ色に染まっていくということだ。1944年8月22日橋を渡って対岸を歩いているうちにその色が褪せてしまいそう。
橋の反対側の歩道に渡ると、サントセシル司教座聖堂や橋、マドレーヌ教会(l’Églese de la Madeleine)がすでに染まり始めていた(パノラマ合成のため、堰が曲線)。
サントセシルは段々と赤みを増していく。その右はベルビ館。遠くの橋は鉄橋、近くの橋が古橋(ポン・ヴィユ)その前に何かが見えてきた。
水車小屋ではないかな。
気になって行ってみることに。バス・デ・ムーラン通り(Rue Basse des Moulins)を歩いていると、斜めに切った堰の上流側に向こう岸の建物が映って面白い。
水車小屋が姿を現し、ポン・ヴィユも長く見えてきた。
ポン・ヴィユから見ると大きな臼が今でも残っていた。
橋を進んで行くと、1944年8月22日橋の上に太陽が出てきた。
もう少し上がって水面にも太陽が映った瞬間。
ポン・ヴィユからはサントセシル司教座聖堂とベルビ館が重なってしまったが、ベルビ館の幕壁と監視塔も見えてきた。
燃えているようなサントセシルの鐘楼。仏南西部のゴシック様式には珍しく、飛び梁(フライング・バットレス、フランス語ではアーク・ブタン、arc-boutant)あ゛かる。
古橋の袂にもどり、どこへ行こうかなと目を泳がせていると、熱気球が浮かんでいた。
熱気球に釣られて向こう岸を眺めると、建物や木々の隙間から赤く染まって朝を迎えた家と、まだ暗闇の家とがあって
F.HAMOという文字は読めるが、乗っている人たちまでは写しきれなかった。

さて、朝日の届かないグラン・コテ通り(R.de la Grands Côté)へ入ってみることにした。
すぐ右のアンゲス通り(R.d’Engueysse)には朝の光が入り込んでいた。
グラン・コテ通りの先にはアーチと手すりがあり、ときおり自動車が通っていた。地図で見ると、エミール・グラン通り(R.Émile Grand)らしく、この辺りは高架になって、1944年8月22日橋の前でジョルジュ・ポンピドゥ通り(Lices Georges Pompidou)に合流するようだ。
高架をくぐった先はT字路で、サンテティエンヌ通り(R.Saint-Étienne)。
どんつきの家にはイモリの飾りがあった。
サンテティエンヌ通りに出て右手は朝日が少しずつ建物を染めていく。
しかし、私は左折。
次の突き当たりを右折してサントクレール通り(R.Sainte-Claire)へ。
ここにも木組み(コロンバージュ)の家が。
道なりに左へ行くとジョルジュ・ポンピドゥ通りに出てしまうので、狭い道へと直進。
通り抜けたが余り気を惹く建物は見当たらないので、
すぐに右折してカトリネット通り(R.des Cathrerinettes)に入って、結局は三角形の市場の一角に出てしまった。
サンジュリアン通り(R.Saint-Julien)にも張り出した木組み(コロンバージュ)と雨戸を緑の濃淡に塗っている建物は、フィジャックの建物のように最上階が倉庫になっている。
その左側の建物にも通路があったので、
入ってみると、
ただの建物と建物の間の明かり取りの小さな空間だった。
外に出てサンジュリアン通りを南方向へ歩き、マリエス通り(R.Mariès)との交差点に出た。その東側、
西側は鉢植えの向こうにサントセシルの南門の装飾が見えている。
南のペイロリエール通り(R.Peyrolière)へ。
右カーブして次の交差点が見えてきた。

ロクロール通り(R.Roquelaure)へ入るとすぐに複雑な交差点。オテル・ド・ヴィル通り(R.L’Hôtel de Ville、市庁舎通り)の角にマリア像。日本のお地蔵さんみたいにあちこちに祀られている。
ソナル通り(R.de Saunal)へ入って行くと
また木組みの建物に出くわした。左の「POINT CADRES」は額縁屋。
大きな青いメガネのマークのある建物(右端)から交差点に出ると、右のサントセシル通り(R.Sainte-Cécile)の奥にベルビー宮、左のプランカ通り(R.du Plancat)の向こうにサントセシル司教座聖堂が、それぞれ朝日に照らされていた。
大通りを避けて歩いて、結局は昨日通ったヴェルデュス通り(R.de Verdusse)へ。
トゥールーズ・ロートレック通り(R.Henri de Toulouse-Lautrec)へ迷い込む時間もなくなったが、
戻る途中に、東側の建物にあった通路をまたしても見つけてしまい、
中に入ってしまった。
そこで見つけたのはこんな小さな青空。それでも陽は差し込んで来ていた。
通りに戻ろうとして木組みの建物に気付く。やはり四階建てで、二階から上が張り出した木組みで、最上階が倉庫になっていた。
もう少し近道したかったがラペルズ広場(Place Lapérouse)に出てしまったので、
広い歩道?を通ってホテルへ。

ホテルでは野菜以外は豊富に揃っていて、この地方のパンもいろいろあった。
ガラスのコップがなかったので、カフェオレ用の大きなカップに牛乳を入れて撮影。
残念ながらチーズが工場製品ばかりだった。

   アルビ ロートレック美術館←    →自由都市ヴィルフランシュ・ド・ルエルグ

関連項目
アルビで朝散歩1 目覚める街
アルビ サントセシル司教座聖堂

参考にしたもの
「Le Centre historique ALBI」という地図 2018年 アルビ観光局発行