お知らせ

イラン・フランス南西部のオクシタニー地方の旅行記に続いて、南イタリアの旅に入りました。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2020年5月28日木曜日

ローマで朝散歩2


今回の朝散歩は、地下鉄を使った範囲の広いものとなった。
まずは、サンタ・プラッセーデ教会へ。地下鉄ヴィットリオ・エマヌエーレ駅から地上に出ると、公園があった。
イタリアを統一したヴィットリオ・エマヌエーレ2世公園にも遺跡らしきものがあつた。新アニオ水道橋(後1世紀)の遺構らしい。
公園付近では、遠くを見渡せる通りがない。
柱廊のドーリア式モノリス(一本柱)、きっとどこかの遺跡にあったものを再利用したものだろう。
メルラナ通り(Via Merulana)の突き当たりにサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂が見える。しばらくはこの通りを歩いて、
サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂には行かずに、
サンタ・マリア・アイ・モンティ通り(Via S.M.ai Monti)に入り、
プラッセーデ通り(Via S.Prassede)を右折。ここからもサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂は見えるのだった。
鮮やかな赤い壁。これも教会の一部のよう。
その先は色褪せた(ということは私好みの)これってホンマに教会?というようなサンタ・プラッセーデ聖堂の概観が現れた。
これが教会の入口。
Basilica de S.Prassedeと確かに書いてある。

この目立たない教会には、9世紀のモザイク壁画がある。
それについてはこちら
付属の礼拝堂も総ガラスモザイク🤩
これについてはこちら
帰りに絵葉書などを購入したら、神父さんが沢山おまけを入れてくれた。亭主は、照明をつけるために何枚もコインを入れたので、気の毒に思ったのではという。
同じ通りを引き返していく。
来る時は気づかなかったが、建物の一階が駐車場になっているところがあった。

モンティ通りに面した古い遺構。これがサンタ・プラッセーデ聖堂の南側にある柱廊式玄関。

ヴィットリオ・エマヌエーレ駅へと向かいながらトイレを探したが見つからず、カフェもほとんどなかった。スタテュート通り(Via Statuto)まで戻って、向こう側にやっとカフェ発見😅
ゆっくり歩く亭主だが、こういう時のダッシュは早い。
奥のトイレに近い小さなテーブルが空いていた。
やっぱりコーヒーはエスプレッソ。レジのお姉さんに「このパンはいかが?」と、白いクリームののったパンを指さしながら聞かれたが、朝食を目いっぱい食べてきたので、とても入らない。
でも、帰国後、NHKの「2度目のローマ」でそのパン「マリトッツォ」の美味しい店として、このカフェが紹介されていてビックリ。2人で一つくらいなら入ったかもと後悔😥
honeylemonspice.comというサイトのここは行きたい!2度目のローマ・超ローカルなおすすめスポットに詳しく紹介されていました。

その後、ヴィットリオ・エマヌエーレ駅から地下鉄でスパーニャ駅へ。
前回ローマに来た時も、スペイン階段は歩いて登らずに、エレベータを使ったので、今回も外に出てしまわずに、エレベータの方へ。
エレベータで階段の上へ行くと、最初に見えるのが、トリニタ・デイ・モンティ教会(Trinita dei Monti)とサルスティアーノのオベリスク。

前回は日が暮れていたので、明るく照らされたコンドッティ通り(Via dei Condotti)がどこまで続いているのだろう。いつかこの通りを通り抜けてみたいなと思ったものだった。
数年後、我々にとっての2度目のローマでは朝散歩に通ることにした。
少しずつ下りながら通りを写していたら、目の前に朝から元気にポーズしている人たちが😄
バルカッチャの噴水(バロック期)が通せんぼ。
スペイン広場からトリニタ・デイ・モンティ教会とスペイン階段を撮影。なぜイタリアなのにスペインなのかというと、近くにスペインの大使館があるから。
因みにこの階段では飲食禁止。

コンドッティ通りに入ると、さすがのディスプレイ👀
アンティーク・カフェ・グレコの隣の白いアーチは中庭への出入口

赤いディスプレイの前のガラスを丁寧に拭いている人がいて、懐かしくて写してしまった。
昔々パリにいた頃、おっちゃんが出てきて、せっせとスクイージーでお店のガラスを拭いているのをよく見かけた。日本ではあまり見かけない道具だったので、便利なものがあるなと、持ち帰ってきた。今でも車の窓の霜取りなどに重宝してま~す😊
ここにも中庭。たいていは住民の駐車場になっている。車や人の出入りの時だけ開くところも。
ボッカ・ディ・レオーネ通り(Via Bocca di Leoni)
その奥
中庭への通路の上で、上のバルコニーを支えているのはアトラスかな。
朝なのでゴミの収集車もやってくる。
その先は歩道が広くなっていて、焼き栗を売っている人あり。
今回はタイミングが悪くて買えなかったが、トルコでヨーロッパでも、栗は大きく美味しい😁
コンドッティ通りはここで終了。左前方にボルゲーゼ通り(Via della Fontanella di Borghese)、右にはトマチェッリ通り(Via Tomacelli)と分かれるので、ボルゲーゼ通りの方へ向かう。
この交差点から来し方を眺めると、スペイン階段の上のトリニタ・デイ・モンティ教会が見えていた。ということは、ここまでくらいまでは階段の上から見えていたのだ。

窓に鉄格子が嵌まった建物だが、中庭はここも駐車場。モノリスの柱廊で囲まれている中庭。入ってみたかったが、犬もおじさんもこっちを見ているので、外が写して早々に立ち去った。
もう一つ、緑に溢れた中庭も。

レオンチーノ通り(Via del Leoncino)との交差点。右角には3階の角にだけバルコニーが。 
レオンチーノ通りのカフェ。こんなところで一休みしてみたいが、時間が押している。
いつの間にか車止めが植物に。ひょつとしてナツメヤシの苗?

右のバルコニーの下には中庭への扉口があいていて、誰もいないので😜
運を天に任せて入ってみた🙏
正面の窓は書類か書籍の倉庫のよう。
右手は階段になっていて、踊り場が階と階の間にある。
そしてこんな古めかしいフレスコ画が👀
Google Map で調べると、市税事務所のようで、個人の中庭に侵入した訳でもなかった😓
その先の店舗への通路には舗床モザイクや木製の凝った天井があったり🧐


この先はちょっとした広場
広場というよりは、ここでレオーネ通り(Via del Leone)とフォンタネッラ・ボルゲーゼ通りとが合流する。正面の建物はホテルで、
その中庭へ
二つ星ながら、ボルゲーゼの名を冠したホテルのシックな中庭。

その向かい側(北側)の立派な建物はボルゲーゼ宮殿(Palazzo Borghese)で、門の前には武装した男女がいた。写してもいい?とカメラを出すと、何も言わなかったので、入って見た。もちろんここまでだけど。
これはアトリウム?それとも中庭? 2本の円柱で半円アーチを支えている。しかも二階建てで、すべてモノリス(1本柱)の円柱。ポンペイの市民広場が二階建ての柱廊に囲まれていたのを思い出した。
両側面は二階がガラス張り。どんな板ガラスが嵌め込まれているのだろう。
ところどころのアーチの下に人の像が置かれている。柱には柱頭がないかドーリア式の模倣。柱の高さが足りないところには柱礎に別の石柱を足している。
あるガイドさんが言っていた。後の時代に自分の住居用に古代ローマ時代の建物の遺構から石材を借用してきた。ルネサンス期になると、立派な邸宅のために、そこここの廃墟から円柱なども借用し、遺跡はもっと荒廃した。その内に自分たちの住居の部材の価値を知り、遺跡を保護したり、研究するように変わっていったのだと。
その奥にはニンファエム。

ボルゲーゼ広場にはいろんなキオスクが。
振り返ると、ボルゲーゼ宮殿の門が少し出っ張っていて、軍の車が駐まっていた。
そしてこんな遠くからスペイン階段の上にあるトリニタ・デイ・モンティ教会が大きく見えている。通りに車がいなかったら、階段もよく見えるだろう。
広場の先の建物はアンティーク・ショップ。
アゴスティーニというどこかで聞いたような名前。踊り子の後ろの青い円盤が気になる。ミルフィオリ・グラス?

通りはクレメンティーノ(Via del Clementino)と名を変え、リペッタ通り(Via di Ripetta)との交差点から北側を眺めると、あの白い建物は、確か昨朝外から見たアラパチス
ほらね。

通りはすぐにモンテ・ブリアンゾ(Via di Monte Brianzo)となり、バイクで噴水に近寄れないニコジーア広場(Piazza Nicosia)を過ぎ、
その大きなアーチ門の向こうは木が茂っている。テヴェレ川が近くなってきた気配が。
モンテ・ブリアンゾ通りはウンベルト1世橋(Ponte Umberto1)近くまで名を変えずにあった。
縦に駐車しても横に駐めても同じという便利な自動車。ローマでは一般的な縦列駐車でも、この車ならバックで入れられるのだという。
名前はまだない←あるある🦔
正面に趣のある建物が見えてきた。あの辺りでこの通りもおわりそう。
途中左側にこんな建物も。
小さいながら雰囲気がある。ここの円柱も借用材だろうが。
正面に見える建物の向こうはナヴォーナ広場(Piazza Navona)
ウンベルト1世橋の向こうは最高裁判所。
ウンベルト1世橋の交差点で川沿いの歩道に渡った。ルンゴテヴェレ・トル・ディ・ノナ(Lungotevere Tor di Nona)というテヴェレ川に沿った長い名前の広い通りの歩道を歩いていると、ときどき木々の間からサンタンジェロ城(Castel Sant’Angelo)が顔を出し、段々と大きくなってくる。
古い建物は好きだけれど、壁の色がこんなに褪せたものは・・・
やっぱりこんな建物を見ていたい。アカデミア・コストゥーメ・エ・モーダ(Academia Costume e Moda)という服飾の学校のよう。
歴史のありそうな学校。
蔦はずーっとつながっていて、3階(日本風にいうと)まで、いやその屋根にも届いていそう。
こんな建物にも腰壁は落書きだらけ。それを避けて写したけれど😤
円塔形のサンタンジェロ城を矩形の城壁が巡り、四隅には監視塔があった。

一方、歩道は街路樹が大木だったり、記念碑のようなものがあったりして、注意して歩かないとぶつかりそう。それにしても奇妙な顔が2つ。
古代ローマの壁画に描かれた仮面のよう。泉水堂のようでもあるし、文字がぎっしり刻まれているので記念碑のようでもある。
フォンタナ・ディ・トール・ディ・ノナ(Fontana di Tor di Nona)
水槽の方は肌掻き器を文様化した古代ローマの石棺風だが、肌掻き器の形が違うので、これもこの記念碑を造った時のものだろう。
記念碑からサンタンジェロ橋まで近かった。渡る前にパニコ通り(Via di Panico)
建物の高さがまちまちで通ってみたい。
こちらはサンタンジェロ橋から真っ直ぐに伸びるバンコ・サント・スピリト通り(Via del Banco di Santo Spirito)聖霊のベンチってどこにあるの?
こちらは歩行者用の道路になっている。ここも通ってみたい。
さて、一方通行だが広い通りが車で溢れるテヴェレ川沿いから解放され、

やっとサンタンジェロ城へ。
橋の下流側。

 ローマ ドムス・アウレア4 出口は西の端←    →ローマ サンタンジェロ城1

関連項目