2013年2月19日火曜日
久しぶりに松屋常盤の味噌松風
松屋常盤のきんとんと味噌松風が食べたいと思っていても、なかなか機会がなく、何年も経ってしまった。
久しぶりに京都に行くことになったので、予約の電話を入れると、聞き覚えのある声が、
きんとんはもう作ってませんねん
理由はわからないが、味噌松風は作ってますとのことだったので、小さい方を頼んだ。
懐かしい寺町通りでいくばくかの時間を過ごした後、竹屋町通りから西に入って5本目の堺町通りを右に曲がると御所の南側の門の一つ、堺町御門が遠くに見える。
大きな地図で見る
堺町通りを少し上がった左側に松屋常盤はある。
昔は、どこのお店でも当たり前だったように、この通りいっぱいいっぱいにお店の建物があった。
来る度に、そのお店の年季の入った木枠のガラス窓が、記憶はおぼろげながら懐かしく脳裏に浮かぶ。
しかし、目の前に現れるのは今風の駐車場のある三階建て。この建物になってからもかなりの歳月を重ねているのが、店舗の木材に滲んでいるとはいうものの、松屋常盤の歴史からすれば、ほんの一握りの時間に過ぎない。
その上、もっと短い期間なのに、きんとんを予約して取りに来るということを怠ったため、もうあのきんとんを目にすることも、味わうことも、名をたずねることすらできなくなってしまったとは。
何年ぶりかで買った味噌松風の箱は思ったよりも小さかった。大きい方にすれば良かったかな、と食い意地の張った私はお店で後悔。
きんとんは予約しただけしか作らないということだったが、味噌松風の方は、ある程度の大きさに焼いて、切り分けるので、たまに残りがあったりする。
予約のこの日は小卓に大の方が2箱老いてあった。ひょっとしたら残り物で、ほしいと言ったら分けてもらえたかも。
きんとんのように崩れる心配がないので、持ち帰るのは気が楽だが、これを幾つに切るか、いつも頭を悩ませる。
前回の記事では大きい方を買って、12に切り分けていた。
前回の味噌松風の記事はこちら
10に切ると大きすぎるが、12に切ると小さすぎる。お店の人に幾つに切るのが良いのか聞けばよかったなあ。
いつもは箱の四隅を切ってから松風を切り分けるのだが、今回は上に出た紙を持って、一気に箱から出してみた。元々、大きく作ったものを切り分けて箱に詰めたものなので、出すこともできて当然。
まず縦に2つに切るところから失敗した。半分にならなかった上に、厚みに対して斜めに切れてしまった。定規を使いながらにしてこれである。
どうも10個では大きいような気がして12に切り分けたら、大きさがバラバラになってしまった上にやっぱり小さかった。
その内で一番大きいのを、乾山写しの梅の絵皿にのせる。
外観はきめが粗いが、黒文字で切り分けても、ボロボロと崩れるようなことはなく、独特の弾力がある。
しかし、口に入れるとねっとりとして、噛んでいるうちにほんのりと味噌の風味が口の中で広がる。
これからも京都に行ったときは、まめに松屋常盤に行って、きんとんを買って帰ろう。
地下鉄の丸太町駅からは5分もかからない距離なのだから。
→松屋常盤の紫野味噌松風と切れ端
関連項目
松屋常盤 味噌松風
松屋常盤 12月のきんとんは「しばのゆき」
松屋常盤 11月のきんとんは「梢の錦」
松屋常盤 5月のきんとんは「岩根のつつじ」
松屋常盤 4月のきんとんは「深山桜」
2009年4月10日金曜日
一保堂の嘉木で薄茶とほうじ茶のセット
1年ぶりに一保堂に行った。風の強い日だったので、暖簾が翻っていた。
抹茶を買いに行ったのだが、せっかくなので、喫茶室「嘉木」で抹茶をのんでいこう。お茶を販売しているところの右側から奧に回る。階段のところに「嘉木」 の看板?があり、下には手桶に花が入れてある。一保堂は外から見るより中はずっと広いです。
嘉木は珍しくすいていたので、奧の席に座ることにした。床には桜の絵が掛かり、花入れには椿と山吹が入れてあった。
メニューには別紙が挟んであった。そういえば、お菓子を食べて薄茶を飲んでも、口の中に甘みが残る。今日は薄茶セットにしよう。「お薄は点てられますか?点ててお持ちしますか?」点ててもらうことにした。
まず主菓子が運ばれてきた。京華堂の春の野です。上に卵白を使ったものがかかっていますが、アレルギーは大丈夫ですか?」春の緑の野に、うっすらとサクラ色がかかっている。何の花を表しているのだろう。中の粒あんと一緒に黒文字で口に運ぶ。ねっとりとまとまりの良い、美味しいお菓子だった。
お茶碗にも桜が咲いている。今年は暖かだったので早く咲いてしまうかと心配していた桜も、途中で寒が戻り、ようやく満開に近づいた。
薄茶を飲んでしまうと、ほうじ茶用の急須と大きめの湯呑みをのせた盆が運ばれ、すぐに100℃のお湯の入ったポットが持ってこられた。ほうじ茶は20秒ほど蒸らすくらいが丁度入れ加減です。20秒と申しますと、あっという間に立ってしまいますので、ほとんど待たなくて良いくらいの間です実際にその通りだった。この急須に半分ほどお湯を入れた瞬間から20秒はあっという間で、湯呑みに注ぐとこれだけの量になる。ここで気がついたのが、急須の一保堂の紋の3つの点が空気穴になっている。
ちょうど窓の外が眺められる席だったので、歩く人、自転車で通る人、一瞬にして去る車など、のんびりと眺めながら、3杯ほどほうじ茶を飲んで、ゆったりとした時間を過ごした。2008年12月9日火曜日
松屋常盤 12月のきんとんは「しばのゆき」
京都に行く機会があったので、松屋常盤のきんとんを予約しておいた。ここのきんとんは非常にデリケートにできているので、たいていは最後にお店に行って受け取るのだが、それでも列車の窓のところに載せておいたらかなり片側に寄ってしまったことがある。
しかし、今回は最初に取りに行った。地下鉄烏丸線の丸太町駅から南東側に地上に出て、丸太町通の1本南の竹屋町通を通る。車屋町通、東洞院通、間之町通、高倉通と過ぎて、小さな郵便局が西北の角にある。それが堺町通である。
午後にお店に行くと、きんとんや味噌松風の入った紙袋もまばらに残っているだけだが、今回はまだまだたくさん残っていた。
注意して紙袋を持ち歩いて、列車では足元に置いて、家に辿り着いてひらくと、冬らしい色のきんとんが、ほぼ偏らずに並んでいるのを見てやれやれと安堵した。いや、前回もここのきんとんが以前よりもしっかりとしてきたような気がした。私の注意深さではないのかも。
しかし、私にパーフェクトはあり得ない。またもやきんとんの名を尋ねるのを忘れていた。だからといって、名前がわかるまで食べるのを待つなどということはできない。眺めていると、こういう色のきんとんは昔食べたことがあるような気がしてきた。
もちろん、言うまでもなく美味しい。
乾山写し 積もった雪の間に見えるわずかな水の流れに、更に雪がちらついているのだろうか。
松屋常盤のきんとんは、いつも淡い色目なのでピントがなかなか合わないが、今回は合わせやすそうにも思った。てっぺんの白いところに雪がちらちらと積もった感じに作ってあるのがわかるでしょうか。
翌日電話で尋ねると、「しばのゆきです」とのこと。「柴の雪」と勝手に漢字を当ててもよいのだろうか。
染付向付 呉須(藍色)はもっと深い色です。
何故御所の見える丸太町通を通らずに、竹屋町通を通るのかというと、堺町通りを上がっていくと、堺町御門とその中の森が見えるからだ。この電線がなかったらなあ。
店を出てそのまま堺町通りを上っていくと、当たり前だが御所に近づいていく。
御所には石垣はあるが、お堀はなく、溝がある程度。昔からだが、京都は自転車が多い。最寄りのバス停、裁判所前でパスを待ちながら写真を撮るにも、バスの路線図を見るにも、スピードを出して通り抜ける自転車を避けながら結構大変だった。
四月はみやまざくら、五月はいわねのつつじ、
十一月はこずえのにしき、
そして十二月がしばのゆき。
一度、一月から十二月までの12種類を食す年というのに挑戦してみたいなあ。
予約すれば、きんとん、味噌松風を購入できます。
御菓子調進所 平安京堺町御門南入 松屋常盤 075-231-2884
関連項目
松屋常盤の紫野味噌松風と切れ端
2008年4月23日水曜日
一保堂の嘉木で再び煎茶
再び一保堂の喫茶室「嘉木」に行った。喫茶室はお店の中に入り右奥に進んだところにある。下の写真では暖簾のかかったお店の右の格子の窓のあるところだ。
前回と同じく嘉木という名の煎茶を頼んだ。今回はカウンターに並んで坐った。お茶の入れ方を書いた紙ももらうのだが、やっぱり教えてもらった方がよくわかる。
お菓子の名を尋ねるときょうかどうさんのひとひらですと返ってきた。一片ひとひら散っていく桜の花びらを表したものだろう。お味も結構でした。
そして、前回も「きょうかどう」というお店のお菓子だったことを思い出した。京華堂利保という店が川端二条を東に150m位行った北側(左京区二条川端東入)にあるのだそうだ(京のお菓子味見録より)。鴨川の東側というと遠いように思うが、二条には橋があるので意外と近くにあるお店のようだ。
① 湯呑みに熱湯を注ぎ、80度になるのを待つ。茶葉の量は10g。
② お湯を急須に入れ、葉が開くのを待つ。一服目は1分では長すぎます。葉が開ききらない程度にすると、次も美味しく飲めます。京都のお茶は山吹色です。山吹色になるようにして下さい。その通りにすると、本当に山吹色のお茶になった。茶葉の開き具合はこんなです。
③ もう1つのコツは、蒸れてしまわないように、急須の蓋を閉じきらないことです。なるほど。飲む前に次のお茶のためにもう1つの湯呑みに熱湯を注いでおくのは覚えていた。
新たにコツを教えてもらった。やっぱり一度では覚えきれません。 今度は番茶の入れ方を教えてもらおうかな。
※参考サイト
京のお菓子味見録の濤々
前回と同じく嘉木という名の煎茶を頼んだ。今回はカウンターに並んで坐った。お茶の入れ方を書いた紙ももらうのだが、やっぱり教えてもらった方がよくわかる。
お菓子の名を尋ねるときょうかどうさんのひとひらですと返ってきた。一片ひとひら散っていく桜の花びらを表したものだろう。お味も結構でした。
そして、前回も「きょうかどう」というお店のお菓子だったことを思い出した。京華堂利保という店が川端二条を東に150m位行った北側(左京区二条川端東入)にあるのだそうだ(京のお菓子味見録より)。鴨川の東側というと遠いように思うが、二条には橋があるので意外と近くにあるお店のようだ。
① 湯呑みに熱湯を注ぎ、80度になるのを待つ。茶葉の量は10g。
② お湯を急須に入れ、葉が開くのを待つ。一服目は1分では長すぎます。葉が開ききらない程度にすると、次も美味しく飲めます。京都のお茶は山吹色です。山吹色になるようにして下さい。その通りにすると、本当に山吹色のお茶になった。茶葉の開き具合はこんなです。
③ もう1つのコツは、蒸れてしまわないように、急須の蓋を閉じきらないことです。なるほど。飲む前に次のお茶のためにもう1つの湯呑みに熱湯を注いでおくのは覚えていた。
新たにコツを教えてもらった。やっぱり一度では覚えきれません。 今度は番茶の入れ方を教えてもらおうかな。※参考サイト
京のお菓子味見録の濤々
2008年4月6日日曜日
松屋常盤 4月のきんとんは「深山桜」
久しぶりに松屋常盤できんとんと味噌松風を買った。 平安京堺町御門南入にあるお店には、御所が南面する丸太町通から南に下がるよりは、1筋南の竹屋町通から北に上がって行くことの方が多い。このあたりの細い通りには、東西の通りも南北の通りも、趣のあるお店が残っていたりするからだ。
そして堺町通を竹屋町通から上がっていくと、堺町御門が見えてくる。しかし、写真を撮ると、いつも丸太町通を往来する車が入ってしまう。
この2つの通の真ん中あたりの西側に松屋常盤はある。松屋常盤 きんとんで大きな車が写ってしまった北側のお家は、今回行くと工事中になっていた。
気をつけて持ち歩いたつもりだが、開けてみるときんとんは少し寄っていた。それをお皿に盛ると、また松屋さんが作り上げたきんとんの形を損なってしまう。以前と比べると堅めに感じるのだが、さわるとこのお菓子の繊細さがわかる。その次にやっと、今回のきんとんがどんなものかに目がいく。5月は岩根のつつじ、11月は梢の錦、そして4月は「深山桜」だった。「みやまざくら」と平仮名の方が似合いそうな外観である。前の2つがピンぼけなのは、あまりにもほわ~としているので、ピントがお皿の方に合ってしまったから。そこで今回は、きんとんにピントが合うように、くっきりした器に盛ってみた。
総織部大皿 色としては合っていても、大皿の端に1つ盛るのも変やなあ。
刷毛目皿 もっと濃い色のお皿が似合うなあ。
乾山写し 多少お菓子が映えてきたけど、やっぱりこのお菓子は黒塗りの縁高に盛るのが一番やね。それがないので、黒い茶碗に盛ってみました。
織部沓茶碗 しかし、器が小さすぎて、きんとんがうまく写りませんでした。器はすべて窯印ム。私のお気に入りの和菓子手帖さんの素晴らしい写真にはかないません!
関連項目
松屋常盤の紫野味噌松風と切れ端
2007年10月24日水曜日
一保堂の喫茶室嘉木でお茶を
今度一保堂に行ったら、喫茶室嘉木でお茶を飲もうと決めていた。嘉木は店に入って右側にあったが、いつも時間がなく次回に持ち越しとなっていた。
今回店に入ると、嘉木が広く改装されていた。
床の間には椎茸の絵が掛かり、籠に秋草が7種入れてあった。紫のホトトギスを写したかったので、ススキの先がきれてしまった。
濃茶から玄米茶まであるが、今回は喫茶室の名前嘉木という煎茶を選んだ。しばらくすると、ポット・ふきん・お盆の上に湯呑み茶碗2個、急須、そして和菓子が運ばれてきた。
「お茶はご自分でお入れになりますか?」というようなことを聞かれた。恥ずかしながら半世紀以上生きてきて、ちゃんとしたお茶の入れ方を知らないので、この際教えてもらうことにした。
1 大さじ2杯を急須に入れる
2 ポットのお湯は100℃なので、煎茶に適した80℃にするため、1つの茶碗にお湯を注ぐ
3 今日は暖かいため、なかなか80℃に下がらないので、もう1つの茶碗にお湯を入れ替える(温度が高いほど苦みが出る)
4 80℃に下がったら急須に注ぎ、蓋をして1分おいて茶葉が開くのを待つ
5 茶碗に注ぐ時は、最後の一滴まで出しきる
6 2煎目からも、茶碗にお湯を入れてさますが、急須に入れると茶葉はもう開いているので、すぐに茶碗に注ぐ
10月にしては暖かい日だったので、お茶を湯呑みに注ぐと、すぐに次のお湯を空いた湯呑みに入れておいた。
和菓子は店の名前もお菓子の名前も教えてもらったが、覚えきれなかった。他の人のテーブルを見ていると、お茶の種類によってお菓子も違うようだった。
ゆっくりと数杯飲んでも、最後まで美味しかった。お湯の温度と、急須に残さないのがコツですね。しかし、家で入れるといまいちである。やっぱりお茶もある程度良いものでないとあきまへんなあ。
2007年6月6日水曜日
松屋常盤 味噌松風
松屋常盤にはもう1つおいしいお菓子がある。味噌松風という焼き菓子である。これも学生時代に買った。しかし、『誰も書かなかった京都』には味噌松風のことは書かれていない。おそらく、きんとんを買いに行って知ったのだろう。
菓子器 京焼乾山写し 窯印ム 2、3度目に松屋常盤に行った時、老齢のご主人がいた。ご主人は何を思ったのか、松風を焼いた時にできる切れ端をたくさん私にくれた。買った松風と同じくらいかもっとたくさんの量があったと思う。
いつもは来客などもあり、私が買って帰ったにもかかわらず、遠慮しながら食べていたが、この時ばかりは思う存分食べることができた。
その次に行った時は、奥さんが店にいた。そして少し切れ端を分けてくれた。
その後行った時、もらえないので「あの?、切れ端を分けてもらえませんか」と言ってみた。すると「○○円です」と白い紙袋に少量小分けしたのを買った。高くても2、3百円くらいだったと思う。百円だったかも知れない。今でも松屋常盤を訪れる度に、味噌松風の切れ端はどうしているのだろうと思う。
数年後、TVでおいしい和菓子の店として松屋常盤が紹介されたことがある。お店はもう新しくなっていたように思う。
「どういう思いでお菓子を作られていますか?」というインタビューに、ご主人は言った「もう、邪魔くそうて、邪魔くそうて」まことに京都人らしい答えであった。
その数年後に行ったとき、きんとんがそれまでとは違っていた。代が替わったのかなと思った。そう言えば前項のきんとんの形は、以前のものよりまとまりがあるように思った。前はもっとぼたっとしたというか、形になっていない形といった風だったように思う。また代が替わったのだろうか。
味噌松風は、まず食感がなんとも言えない。見た目はきめが粗いのだが、食べるとざらついたところがない。味は味噌が入っているので多少の塩気と甘みがある。しかし、味噌が勝っているということはない。
しかし、焼き菓子なので、きんとんと違い持ち帰りに気を使わなくて済むが、賞味期限が3日と短い。段々と表面の味噌の部分が湿気を吸って、ベタベタしてくるのだ。
では、どのように保存するか?私は「味噌松風の正しい保存の仕方」を考え出した。
1 蓋を開け、張ってある白い紙をはがす
2 箱の4隅の上部をホッチキスでとめてあるので、これをリムーバーかハサミでとり、手で開く
3 四面の硫酸紙を味噌がつかないようにはがし、巻き寿司を切るように濡れ布巾などでぬらしながら等分に切り分ける。これは大の方なので、12に切り分けた。定規をあてて切ったが不等分になってしまった。4 1つずつラップで包んで冷凍保存する。
もちろん、正しい解凍の仕方もある。冷凍庫から取り出したら、即みその部分に張り付いたラップをはがし、そのまま常温でおいておく。この時お皿に置いてはいけない。何故ならくっついてしまうからだ。この味噌松風は地方発送もしてくれるのだが、やはり京都に行って、どこか訪れた後に立ち寄りたいと思う。JR京都駅に出るなら、松屋常盤からは地下鉄烏丸線の丸太町通駅へ5徒歩分ほどである。
京都の声に、情報誌「京都」(1994.11.7発行 15号)掲載記事からの転載で松屋常磐の上田シズエさんのことが載っていた。
上田シズエ
大正4年、伏見にある和菓子屋の娘として生まれる。23歳の時に、松屋常磐15代目の妻となる。暖簾をくぐった客がまず耳にするのは、この人の「おいでやす」の声。16代目を支えて、今も菓子作りに励む。
和菓子は餡が命どすわ。うちではずっと小豆の最高級品の丹波大納言と備中白小豆の粒選りを使っています。代表銘菓の“味噌松風”はもちろんのこと、原料を吟味せんとおいしいお菓子はでけしまへん。
主につくっているのは、お茶のお菓子。抹茶には甘みをおさえたお菓子が合いますな。うちのきんとんは、そらあ柔らかおすえ。柔らかいと作るのも厄介ですし、見た目ももっさりしてしまいます。そやけど、舌あたりがよろしいしなあ。口の中で餡がフワッととける感じです。
お客さんにお菓子をお渡しする時「形がくずれんよう、あんじょう持って帰ってください」と言うんです。苦労してつくったお菓子やし、愛着があります。そやから、ついつい口に出てしまうんどすな。
生菓子はお刺身と同じで、できたてがおいしおすわ。できたてを食べてもらいたいので、お茶会に間に合うように、夜中の2時、3時に起きて作るのもしょっちゅうどすえ。
ここへ嫁いで来たばかりのころは、お菓子の銘を覚えるのにおおじょうしました。それに、お菓子作りは手先だけのきれいな仕事のようですが、本当は重労働。
忙しいと、ちょっとも余所へ出かけることもでけしません。そんな時は、お菓子の色目を見て「秋が深まったなあ」と1人で思っています。女は縁の下の力持ち。何かこのごろ「私の人生何やったんやろ」と思うこともあるんですよ。
松屋常盤(まつやときわ)創業は承応年間(1652-55)。後光明天皇から“御菓子大将山城大掾”の名を賜る。古くから三千家をはじめとする茶家の菓匠として、お茶のお菓子を作り続けてきた。先代の15代目は、きんとんの名手と呼ばれた人。先代亡き後は、16代目を中心に、家族だけで商い続ける。代表商品の“味噌松風”は、一子相伝。御所御用の店だけに許された白い麻暖簾が、奥深い歴史を物語る。
〒604-0802 075-231-2884 京都市中京区堺町通丸太町下ル
追加情報 味噌松風の切れ端は今でも買えることがわかりました。"
moonlight journal"に今年4月18日付けで「京都で出会った和菓子たち」というブログがあった。その中に驚くべきことが載っていた。
つづいて『松屋常盤』の「味噌松風」。これは今回、実は食べる事ができなかった……!お店に入るなり“本日松風は売り切れました。あしからず”と手書きの字で張り紙が。しょぼーん。肩を落としていたら、おばあちゃんが奥から出てきて、松風のミミならあるでよと。パンのミミみたいな切り端を集めた袋を出してきてくれた。「420円です。」 あ しっかりお金取るのね(笑)
ま いいや ある意味レアだし買ってみよう。「味噌松風」のミミを購入。味はおいしくこげた味噌風味の湿めりけカステラって感じだろか。実際は“西京味噌と小麦粉に砂糖を加えて練り、表面に黒胡麻を散らして焼きあげた菓子”だそう。ミミだけでもおいしかったから、きっと本物はさぞかし。和菓子としてはダントツでツウ好みのお味。お店には富岡鉄斎の書が飾られてる。後から調べたら、『松屋常盤』のお菓子は予約制なのだとか。地方発送もしているけど基本はこのお店でしか食べれない。明治天皇や昭和天皇も大のお気に入りで、お使いの方が直々に買いに来たらしい。創業は約350年くらい前と老舗中の老舗で、ここのおばちゃんは鉄斎のお孫さんと小学校が同級生だそう。おばあちゃん、松風のミミをありがとう。とのことでした。
今度行ったら切れ端も買おう。
追記
11年後の2018年、予約してやっと切れ端も買うことができました。そして、もっと簡単に味噌松風を取り出せることがわかりました。下の記事をどうぞ
松屋常盤の紫野味噌松風と切れ端
関連項目
久しぶりに松屋常盤の味噌松風
松屋常盤 4月のきんとんは「深山桜」
松屋常盤 5月のきんとんは「岩根のつつじ」
松屋常盤 11月のきんとんは「梢の錦」
松屋常盤 12月のきんとんは「しばのゆき」
2006年11月16日木曜日
松屋常盤 11月のきんとんは「梢の錦」
11月になったら松屋常盤の美味しいきんとんが食べたいとずっと思っていた。去年も奈良国立博物館で正倉院展を見た後、京都の地下鉄烏丸線に乗り入れている近鉄の急行に乗ってきんとんを買いに行こうと思ったが、3日前までなら大丈夫と思い、ぎりぎりになって予約の電話をかけたらもう一杯ですと断られた。11月は炉開きのため、お茶会が多いのでだめなのかなとも思ったが、今年は早目に予約したらOKがでた。
松屋常盤は京都御所の丸太町通に面した堺町御門から堺町通を南に下がったところ、丸太町通の1本南にある竹屋町通から北に上がっても同じくらい歩いたところの西側にある。堺町通は西の烏丸通と東の河原町通のほぼ中間にある。JR京都駅への連絡なら地下鉄のある烏丸通の方が便利だ。
京都の交差点には「堺町(通)丸太町(通)」とか「堺町(通)竹屋町(通)」というように縦書きの道標が必ず建物の角にある(通があったかどうか忘れた)。それを探しながら行くと分かり易い街である。今回はカメラを持って行かなかったので道標を写せなくて残念だった。
さて、念願かなってきんとんを買いに松屋常盤に行くと、いつものようにお店の人(今回も若い方の人)が予約のお菓子を入れた袋の間に正座してはりました。名乗って自分のお菓子の袋を受け取り、お金を払う時「味噌松風の端はありますか?」と聞いてみた。以前にミミは今でも売っているらしいことを知ったので、あわよくば懐かしい松風の端っこもゲットしたいと目論んでいた(松屋常盤 味噌松風で見て下さい)のだ。
しかしお店の人はあっさりと言った「今日は端は出なかったんです」。あちゃ~、今回もあかんかった!「パンのミミみたいな切り端を集めた袋」がどんなものか、きっとあっさりした白い紙袋だろうと想像しながら楽しみにしていたのに。
一度店の外に出たが、名前を聞くのを忘れたことに気が付いてまた暖簾をくぐった。「このきんとんの名前を教えて下さい」奥からお店の人が出てきて「こずえのにしきです」と言った。「梢の錦」か仮名書きか、仮名の方がここのきんとんには似合っているような気がする。
梢の錦とはどんなきんとんだろうか、家に帰り着くまで想像を巡らせてみた。今年は暖かく紅葉が進んでいないので、まだ青い木の一枝だけ色づいているのを表したような色合いなのだろうか。松屋常盤のきんとんは色が淡い(写真に写すと濃くなってしまうことがあるが)。
きっと草色の上にちょこっと赤いのがのっているのだろうと思いながら帰宅後箱を開けてみると、この雑な私が細心の注意を払って持って帰ってきたというのに、10個のお菓子が箱の6分くらいに寄ってへしゃがってしまっていた。ひしゃがっていても、何ともはんなりした、京都らしい、しかし松屋常盤ならではの色合いだった。
菓子器 秋草文鼠志野 窯印ムその中から一番ましなのを撮ろう。どのお皿にしようかと迷ったが、はんなりしたお菓子は地味な色のお皿にしよう。 そうそう鼠志野のお皿があった。
お皿が大きくてせっかくのきんとんがよくわからないので、お菓子をアップにしてみました。いかがでしょう。わざと中の粒餡が見えるように写してみました。
うっかりとお菓子の断面を写し損ねたので、「和菓子礼讃」さんの画像 松屋常盤きんとんにてどうぞ。他の季節のきんとんも載っています。そして、お菓子のはんなりに合わせて、茶碗もはんなりした秋らしい斗々屋で抹茶を頂いた。
茶碗 斗々屋 窯印不明「か」か「や」のような松屋常磐の包み紙は何時の時代に作られたのかと思う。「御菓子調進所 平安京堺町御門南入 松屋常盤」と箱の全面に大きく筆書きされ、きんとんには五色の紐で中央に一本結んである。開いてみると、ペン書きのような後で付け足した電話番号が古い漢数字で書かれている。
そして、紙袋には違う人の筆で「美味雅趣有 びみがしゅう」、側面には「四季おりおり 優しく嬉しい口福あり 心もほほえむ 美味甘味」と書かれている。
いつかは食べたい味噌松風のミミ!
2006年7月21日金曜日
21日は東寺の弘法さん、弘法さんといえばどら焼き
毎月21日は東寺で弘法さんと親しまれている古道具市がたつ。それに合わせて笹屋伊織では20・21・22の3日間だけ「どら焼」を販売している。以前はデパートで買っていたが、今回は笹屋伊織のホームページからお取り寄せしてみた。
せっかくの棒状のどら焼を写真に取り損ねたので、笹屋さんのホームページの写真をどうぞ。 その中から「どら焼」の始まりを引用しました。
江戸時代末期、5代目当主笹屋伊兵衛が京都の東寺のお坊さんより、副食となる菓子を作って欲しいとの依頼を受けました。そこでお寺でもお作り出来るようにと鉄板の変わりに銅鑼を使うことを考えついたのが笹屋伊織の「どら焼」の始まりです。
菓子器 古染付写し木の葉形向付 窯印ム東寺の五重塔はJR京都駅の新幹線ホームからよく見えたが、京都には新快速でしか行かないので、京都駅から東寺の五重塔を見ることがなくなった。今春久しぶりに弘法さんに行ったが、五重塔は東寺に着いてやっと見ることができた。

南大門から入って金堂までのところが弘法さんのメイン会場となっている。門に近いところのお店は韓国のものが多かった。
そして、中国のものは南大門の西にある小さな門をくぐったところに多かった。中国から来た若い人が一所懸命説明してくれた。

とりあえず金堂にお参り。
金堂の石段から。金堂に近いところは日本のものが多かった。
もちろん古道具だけでなく、古着屋やいろんなお店が出ているし、食べ物のお店もあった。寒い日だったが、大変なにぎわいだった。
そうそう、金堂の東側に柵があるので、弘法さんの出店はそこまで。
その向こうに五重塔があるのだが、拝観料を払わないと近づけない。五重塔初層は特別公開の時にしか入れないので、遠くから塔を眺めるにとどまった。
2006年7月20日木曜日
大徳寺に来たらあぶり餅を
さて、龍源院で久しぶりに灯籠を見て、門を出ると、公開・非公開の塔頭が並んでいる。砂利道も中央の石畳を通れば歩きやすい。
大徳寺の広大な境内をどんどんと歩いていく。三門・仏殿・法堂と南北に並ぶ大徳寺の重要な建造物の横を通る。松の囲いも京都らしい。まだ紅葉には早いので、観光客も少なく静か。早道なのか自転車で通る人もいる。
途中で曲がっている石畳も趣がある。奥は芳春院だが、西へ進む。
お寺の境内というよりは松林のようだ。松のトンネルの下を学生たちが自転車に乗ってやってくる。私はこのトンネルには入らない。右折で境内の外へ出て行く。
そして左折。大徳寺に来たら「あぶり餅」。あれま、今日は一和(一文字屋和助)もかざりやも定休日とは!
このあぶり餅も『だれも書かなかった京都』で知ったお菓子だった。この本にしては珍しくカラー図版がある。その写真と文の一部を引用する。今宮神社の東門を出たところに、ちょんまげがすわっていそうなあぶり餅屋が二軒、北側が一和、南側がかざりやで、前を通ると両方から「まあおはいりやす、まあいっぷくおしやす」と、呼びこみの声がかかる。以前はこっちが参道やった。
あぶり餅は、お餅をちぎってきな粉でまぶし、竹串の先にひっつけて、炭火で両面を焦がして焼く。それに、甘う炊いた白みそをとろっとかけて、やすらい盆にのせて出す。昔を思うひなびた味で、これも疫病をのがれるといい、おまいりの帰りには、きっと食べる。あついうちがおいしい。
一和は長保二年の創業、二十三代というから、ほんまに古い。
そうそう、あぶり餅は大徳寺の門前のお菓子ではなく、今宮神社のものだった。また、竹串は既製品ではなく、細く割ったものなので、細過ぎるとお餅の重みにしなって食べにくいこともある。持ち帰りもできるが、白みそときな粉なので、家で開くと見た目が美しくない。硬くもなるので、やっぱりお店で食べる餅だ。
散歩好きの京都 近ごろ京に流行るものにこのあぶり餅を紹介するページがある。もっときれいな写真が載っています。いつものように文も少し引用。
京都の誰もが食べ、楽しむ話題の一つ、あぶり餅。西陣地域の御神体、今宮神社の参道にある茶屋の名物である。東門前の参道に差し向かいで建つ2軒が同じ餅菓子を出す。「どちらに入るか」と問えば、もっぱら半時間は話題が膨らむところは、西陣ならではの名物として愛され続けている証拠だろう。
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