お知らせ

中央アジア各国そしてイラン旅行記が完成し、フランス南西部のオクシタニー地方の旅に入りました。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2019年4月23日火曜日

カルカソンヌ 西の周壁巡り


㉑ナルボンヌ門の東塔を出てまたコンタル城へ。

係員にチケットを見せて再入場。
バルバカヌ(堡塁)から橋を渡って51-52:東門の塔(Tours de la porte de l’Est)から入り、58:パント塔(Tour Pinte)のある小さな中庭へ。
西壁の小さな開口部から中の階段を上り、
途中から外に付けられた階段となって南側の城壁へ。
凸壁に例の黄色いものが付着していた。部分的に欠けた箇所を見ると、ペンキではなくテープか膜のようなものを貼り付けているらしかった。
コンタル城南壁はこんな状態。
その続き。この部分的に貼り付けられた黄色い帯は、スイス人の芸術家フェリス・ヴァリーニ(Felice Varini)氏がカルカソンヌが世界遺産に登録されて20年になったのを記念して造った「Cercles concentriques excentriques」と韻を踏んだテーマで、奇抜な同心円とでも訳したら良いのだろうか。観光局はなんとか映えで注目されて観光客が増えたと喜んでいるが、住民たちはいやがっているというようなことを、旅立つ前にニュースで知った私は、思わず「何という事をしてくれたのだ」と叫んで亭主が腰を抜かした。実際に目の当たりにすると、やはりとんでもないものだった。
しかし、私はそれを言うためにこれを撮影したのではない。コンタル城の新たに見えた側面を写しておきたかったのだ。右の塔は59:サンポール塔(Tour Saint-Paul)

正義の塔(Tour de la Justice)と遠くにサンナゼール聖堂
リーフレットは、元は異端審問の塔とも呼ばれ、13世紀からフランス大革命に至るまで、異端審問に関する資料を保存していますという。
リーフレットは、12世紀末、トランカヴェル家の家臣とその家族たちの多くは、ローマ教会とは異なる救済の道を説く「カタリ派」を信奉していました。しかしアルビジョワ十字軍(1209-29年)の侵攻の末に、トランカヴェル家の追放という政治的結果をまねきました。
1233年に設立された異端審問制度により、カルカソンヌは宗教裁判の中心となったのです。異端者のための獄(壁)が、シテの麓に建造されました。1321年、ギレム・ベリバストが最後の異端宗教者として火刑にあい、ラングドック地方でのカタリ派の最後になりましたという。
円錐屋根の裏
2種類の縦長窓が交互に開かれている。
階段を降りたところが異端審問の場だったのかな。
円筒部分に続いてオード門(Porte d’Aude)上の屋根付きの通路へ。半円の二連アーチには柱頭があった。
今開こうとしているアカンサスの葉とそれを口にくわえる鳥。頂板のアカンサスも力強く、ロマネスク期のものだろう。
別の面には有翼の天使が坐して右手に何かを持ち、左手を挙げている。その目は人を見下ろさず、虚空を見つめている。
窓から下の町を眺める。
別の窓の柱頭は細長く二段のアカンサス
壁際に行ってみると、
石落としの穴。ここからオード門から侵入する敵に石を投げ落とした。
巡視路に出てオード門上の屋根付きの通路と正義の塔を振り返る。

この付近は凸壁が複雑。
ここから城壁に沿った道があって、ナルボンヌ門近くの通りと違い、日中でも人はまばら。斜面には見たことのある建物が少し見え、その右の4名は巡視路を通る人ではなさそう。
やっぱりホテル(オテル・ド・ラ・シテ)とその庭にいる客だった。

外を眺めると、右下にサンジメール教会
遠方のサンルイ地区にはサンヴァンサン教会(Église Saint-Vincent)。アルビではサントセシルの鐘楼に登れなかったので、せめてこの教会の塔くらいは登りたいものだ。
ここはオード門の方にも狭い巡視路が出ている。

西ゴートの塔(Tour Wisigothe またはサンナゼールのかまど塔(Tour du Four-Saint-Nazaire)もローマ時代以来のもの。
U字形の上部を支える半円形の開口部
屋根の様子
次の司教の円塔(Tour ronde de l’Éveque、または異端糾問所の塔 tour de l’Inquisition)はかなり高い所に入口があるが、中は通れない。
この塔がオテル・ド・ラ・シテの庭から見えていたのだ。
外の塔小カニス塔(Tour du Petit Canissou)は角形で、円錐の屋根から矩形へと変わっていく箇所を苦労して造っているので、奇妙な形に見える。
内側にはオテル・ド・ラ・シテの建物と庭
進路方向に司教の角塔(Tour carrée de l’Éveque)
司教の円塔を振り返る
内壁と外壁の間の通路は誰も通らない。機会があれば通ってみたかったが、ここは通行出来ないらしかった。
司教の角塔は塔の回りを防御壁が囲んでいる。
防御壁の中から階段になっていて、
角塔の外側だけしか通れなかった。
せっかくなので、この端から
外を眺めたらオード門とサンルイ地区を繋ぐ道を歩く人々と、ヴァリーニ氏の黄色い帯が、いやコンタル城が。
角塔を回って、
進路方向の内壁と外壁。
『CARCASSONNE』の図ではこの角塔は内壁と外壁双方の監視塔を兼ねているようだ。
外から回ると中に入れた。
木造の螺旋階段もあったが、ここは石造。
また赤い円錐屋根が2つ。
㊱カユザク塔(Tour de Cahuzac)と㊲ミパドル塔(Tour Mipadre)
司教の角塔を振り返る。

どうやらこの丸い窓が2つある無愛想な壁がサンナゼール聖堂の西正面らしい。
教会には見えない不思議な姿

カユザク塔(Tour de Cahuzac)は円錐形に見えたが、反対側は複雑な形をした武骨な塔だった。
62:野外劇場(Le Théatre Jean Deschamps)
リーフレットは、1908年に建造された野外劇場で、元司教庭園のあった場所ですという。
ミパドル塔(Tour Mipadre)
この塔が西壁から南壁の要。
サンナゼール聖堂の西壁から南壁にかけて。
外壁も大ビュルラ塔(Tour du Grand Burlas)で角度を変える。

南の風車の塔(Tour du Moulin du Midi)へ
外壁のウルリアク塔(Tour d’Ourliac)

南の風車の塔も階段があって城壁が高くなっている。
塔を回って振り返ると、南の風車の塔と
カユザク塔、遠方にはサンルイ地区とモンターニュ・ノワール(黒い山脈)

サンナゼール門の塔(Tour-porte Saint-Nazaire)へはまた登りの急な階段

やっとサンナゼールの南面が現れた。

サンナゼール門の塔
リーフレットは、小隊が自給できるように井戸とパン焼き窯を備えていますという。
やはり外側の通路を通るだけ。

続くサンマルタン塔(Tour Saint-Martin)は鎖があって通行止め。内壁の巡視路は㊶から㊾までは歩けないのだった。
矢狭間から覗いたり、
銃眼から外壁のバルバカヌ・クレマド(Barbacane Crémade、堡塁)を見下ろして、
サンナゼール門の塔の階段を下りていく。

そのままシテに出た向かい側にサンナゼール聖堂。やたらと長い扶壁が目立つ。
結局パン焼き窯のある部屋は見られなかった。

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関連項目
カルカソンヌ コンタル城

参考文献
「LA CITÉ DE CARCASSONNE」 François de Lannoy 2008 Éditions du patrimoine Centre des monuments nationaux