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イスタンブールでミマールスィナンの造ったモスクを見ていて、その前はどんな形のモスクだったかが気になって、オスマン帝国の古都を旅してきました。最後にはまたイスタンブールを訪ねます。 詳しい事柄は忘れへんうちにに記事をのせます。

2025年4月4日金曜日

グランドバザール屋上歩き Grand Bazaar Rooftop


一般にグランドバザールと呼ばれているイスタンブールの屋根付き市場 kapalı çarşı は、幾つか入口があるが、今回はヌールオスマニエジャーミイ Nuruosmaniye Camii 側から入った。
このモスクは18世紀中頃に建てられたオスマンバロック様式の建物。

その境内を抜けて


バザール入口(ピンボケ)へ。



グランドバザール(カパルチャルシュ Kapalı Çarşı)の地図 『図説イスタンブール歴史散歩』より
はヌールオスマニエジャーミイ側の入口 はカフェ・サルク・カフヴェスィ 
ピンクのところは古い商店街(ベデステン)で、同書では内のベデスタンとされているが、エスキベデステンとも呼ばれている。
グランドバザールの地図 図説イスタンブール歴史散歩より


入ると直ぐに右手にサンダル・ベデステン SANDAL BEDESTENİ という1461年に造られた古い商店街の建物。30年ぶりに来て、入口がセキュリティチェックが厳重になっていてびっくり。
アラスタは通りの両側に店舗がならんだ商店街、ベデステンは縦横に店舗がひしめく商店街。
『図説イスタンブール歴史散歩』は、グランド・バザールの歴史は、コンスタンティノープルの征服とともに始まる。征服者メフメットは、街づくりの一環として、バザールの建設にも着手した。旧ベデスタンの東南側に小ベデスタン(キユチユク・ベデスタン)ないし新ベデスタン(イエニ・ベデスタン)とも呼ばれる、サンダル・ベデスタンが成立した。サンダルというのは、ここで扱った織物の一種の名にちなむという。

30年前に来たときは、レンガが露出した小ドームや

木製の店舗が縦横に並んでいて、他のヴォールト天井の通路に面した商店街とは全く違っていたが、今はどうなっているのだろう。


これがエスキベデステンの入口の一つかな、入らなかったけれど。


30年前に来たときとは天井が塗り直されて文様が変わっているが、当たり前か。
広い通路もあれば、

塔のようなものが真ん中にある通りや、

狭~い通路もある。


水場のある交差点に、

四つ角の一角にこんな水場があるところも。ここは他の通路よりも天井が高くなっている。



フェスジレール小路 Fesciler Sk. とヤールチラール小路  Yağlıkçılar Sk. の交差点にある老舗のカフェ、サーク・カフヴェシ Sark Kahvesi は今風になってしまっていた。この前で待ち合わせして、皆さんと屋上歩きをしにいった。

この狭い通りに入って、

狭い階段を上ってグランドバザールの屋上へ。

階段を上りきったところにこんなポスターがあった(上が東)。現地ガイドのギュンドアン氏は「007の映画の撮影にこの屋上が使われました」と言っていた。

もう一つ階段を上って屋上に出た。


イスタンブール旧市街図、グランドバザール周辺 Google Earth より
➊カパルチャルシュ(グランドバザール) ➋エスキベデステン ➌サンダルベデステン ❹ヌールオスマニエジャーミィ ➎マフムトパシャジャーミイ ❻チェンベルリタシュの柱 ❼ガズィアティクアリパシャジャーミイ ❽チョルルアリパシャジャーミィ ❾ベヤズィットジャーミィ ❿ベヤズィット塔 ⓫スレイマニエジャーミィ ⓬リュステムパシャメドレセ(ここからは見えないが、最終日に見学する予定)


まずは❹ヌールオスマニエジャーミイ方向へ。古いベデステンは小ドームで高いが、ほかの店舗は切妻屋根屋根と屋根の間は隙間がないので地面まで落ちる心配はない。各店舗のエアコンや明かり取りの窓が並んでいる。
小さく小さく見えているのが小ドームが連なる❸サンダル・ベデステンと、近くなので大きく見える❷エスキベデステン。

通路はすれ違うこともできる幅。



正面の1本のミナレットと二つのドームが、段々はっきりしてきた。先ほど見学してきた❼マフムトパシャジャーミイやないの。

この高さで見られるのはグランドバザールの屋上ならでは。

ガイド氏は南方向へ。


遠方には左(東)よりコンスタンティヌス帝が建てた❻
チェンベルリタシュの柱 Çemberlitaş Sütunu(330年)、❼ガズィアティクアリパシャジャーミイ Gazi Atik Ali Paşa Camii(1496年)のミナレット、 そして❽チョルリュリュアリパシャモスク Çorlulu Ali Paşa Camii(18世紀初頭)のミナレットが見えている。

❷エスキベデステン
『トルコ・イスラム建築』は、68.7mX52.8mの長方形平面の対称形プランの建物である。建物の四面それぞれの中央に中に入る門があり、夜間は閉じられる。建物の中央には、8本のピアで分けられた15個のベイが同じ大きさのドームで覆われた中庭状の広い空間が設けられ、その周囲に狭い入口が付いた小部屋が配置され、建物の外側には外に開かれた商店が並んでいる。貴金属などの高価な商品を扱う商店のためのベデステンとして、建物はレンガ造りで防火対策が施され、鍵のかかるシャッターなど防犯対策もとられている。現在は、中央の空間も狭い通路だけを残して、多数の木造小屋の商店が並んでいる。その一角には、二階建てのメスジットもあるという。
メスジットはモスクよりも小さな礼拝施設のこと。


サンダルベデステン
『図説イスタンブール歴史散歩』は、南北約40m、東西約32mで、屋根は20もの小ドームで飾られているという。


西方向に向きを変えると❾
ベヤズィットジャーミイ Beyazit Camii
礼拝室の両側にタブハネ(旅行者を無料で宿泊させる施設)があり、その両端にミナレットが設けられているため、一対のミナレットが離れて見える。
その手前のグランドバザールは、幅が広くてヴォールト天井が高い通り、交差点、天井の低い店舗などが入り組んでいるので屋根の高さも様々。


さらに南へ

「こちらへどうぞ」
え~、階段が続いてるやん。


❷エスキ・ベデステンの傍にはレンガ色の積み木を組み合わせたようなものが。煙突?

突き当たりの高い窓から商店街をのぞいてみた。
床は小さな石を敷き詰めてある交差点部と大きな切石の広い通り。


階段は浮いていたが、しっかりしていた。


グランドバザールの南の端へ。
❹ヌールオスマニエジャーミイ側の入口から入って、❸サンダル・ベデステンの前を通ったが、この通路のある屋根がそのカルパクチュラル通り Kalpakçılar Cd.  の上。


更に北西方向を眺めると、物見櫓だった➓ベヤズィト塔、そして遠方のスレイマニエジャーミイ Süleymaniye Camiiも何とか見ることができた。

エスキベデステン越しにスレイマニエジャーミィを発見したところで見学は終了。


元来た道を戻っていくと、❾ベヤズィトジャーミイに近づくのだった。

ベヤズィトジャーミイは、この高さからでないと大ドーム前後の半ドーム(アヤソフィアと同じ)は見えない


屋根と屋根の境目は樋になっているので、落ちても下までは落下しない、と思うが・・・

2024年に屋根の修復が終了したらしいが、もうタネツケバナやキク科の花が咲いている。



戻ったところで、こんな写真を発見。
補修前と後

こんな写真も
補修前と

補修後


夕食はマルマラ海に近いクムカプ Kumkapı にある

チャパリ ÇaPaRi にて。

魚介類専門のレストランだった。

メゼ(前菜、ほぼ野菜)は大抵
4名分が並んで、

それぞれの皿に取り分ける。他のレストランでは出なかったスモークサーモンや三角の山羊チーズも。

その後三角の揚げパイ(名前忘れた)や

輪っかの幅がすごいイカのリングフライ

メインはトルコでよく出てくる焼き魚。クロダイと言われても、日本のチヌとはべつもの。

最後に中がトロンとした焼きスイーツ

そしてフルーツも





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参考文献
「図説イスタンブール歴史散歩」 鈴木菫著・大村次郷写真 1993年 河出書房新社
トルコ・イスラム建築」 飯島英夫 2010年 富士房インターナショナル