お知らせ

中央アジア各国そしてイラン旅行記が完成し、フランス南西部のオクシタニー地方の旅に入りました。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2013年11月4日月曜日

デルフィ6 アポロンの神域5 青銅蛇の柱に載っていたのは鼎


アポロン神殿への参道ももう一息。
アポロン神殿の近くにはいろいろな奉納物が立ち並んでいた。
参道(32:アテネ人のストアと35:コリント人の宝庫の間)の東南を見下ろすと、

26 不明の建物

36 キレネ人の宝庫 前322-321年
『DELPHI』は、2柱式イン・アンティス型の建物はデルフィがキレネに神の託宣を受ける優先権を与えたという記録から推論したという。

建物の基礎は残っているが、それがどの建物跡なのかがわからない。

37 アカントス人とブラシダスの宝庫   前423年頃
同書は、カルキディケ半島のアカントス市民によって、前423年に、スパルタの将軍ブラシダスの助けによってアテネ人から解放されたことを記念して捧げられたという。
この辺りかな。

41 青銅の3匹の蛇の上に載った聖三脚鼎 前479年頃 
同書は、前479年プラタイアの戦いでペルシア人に勝ったギリシア連合軍がその10分の1税として奉納した戦勝記念物。連合軍の各ポリス名を刻んだ3匹の青銅の蛇体がよじれてできた円柱の頂上に黄金のデルフォイの聖三脚鼎を載せていたという。
鼎については後日
しかし、後4世紀初め頃にはこの場所からなくなってしまった。今では台座があるだけ(41)。
『古代ギリシア遺跡事典』は、コンスタンティヌス大帝がコンスタンティノポリスを飾るために持ち出し、当地の戦車競走場に設置したため今日に残るという。
イスタンブール、ヒッポドローム(戦車競技場)の青銅製蛇の円柱には蛇の頭部はない。
円柱のかなりの部分は残っている。
しかし、『スル・ナーメ』(祝祭の書、1720年頃、トプカプ宮殿博物館蔵)によると、オスマン帝国時代には蛇の頭部は3つ共残っていたことは確かだ。
『イスタンブール歴史散歩』は、失われた蛇の頭のひとつは1847年に発見され、いまは考古学博物館に収められているという。
それは見損ねた。

42 クロトン人の鼎 前510年
『DELPHI』は、現在の我々には理解できない理由でクロトン人が奉納した鼎が、四角い台の上の円形の台座に置かれた。前510年、隣の植民都市シバリスに勝ったことを記念して、ライオンの足をした鼎がつくられた。アポロンと蛇のピトンの間に置いたコインが前420-290年に発行されたという。
白っぽい円形の台座の断片が残っている。
やはり脚の長い鼎だった。

43 ロドス人奉納の青銅の「ヘリオスの四頭立戦車」 前4世紀末          
同書は、一説に後1204年コンスタンティノポリスからヴェネツィアにもたらされ、現在聖マルコ大寺院を飾っている4頭の馬がこれに当たるといわれるという。
43の台座と糸杉の間。
確かにサンマルコ大聖堂のファサードの上に4頭の馬がいたが、これは本物ではないらしい。
本物は博物館内に保管されているという。
4頭の馬はともかく、戦車はどうなったのだろう。
参道を登りきって、

44 シチリア、ジェーラの僭主が奉納したものの4つの台座 前480年頃
同書は、暗い色の大理石の先の切れた台座が残っている。鼎とニケ像を支えた。デイノメネスの息子たち、シチリアの暴君たち、ジェーロ、ヒエロン、ポリザロスそしてトラシュブロスの、前480年におけるヒメラの戦いでカルタゴに勝利したことへの奉納物という。
大きなの台座の前には牡牛が描かれた白い板が置いてある。その左に小さな台座が1つある。

上から見る方が分かり易い。

45 ペルガモン王の肖像彫刻 前41-159年
アッタロス1世とエウメネス2世像の台座という。

46 ペルガモン王アッタロス1世(在位前241-197年)の柱廊 前220年頃
ドーリス式8柱のファサード、二階建て
人の歩いているところと茶色い土壁の間辺り。
参道から見ると、四角い石が横長に並んでいる。

デルフィ5 アポロンの神域4 ハロースに埋められていたもの
                                     →デルフィ7 アポロンの神域6 デルフィの馭者像     

関連項目
ギリシア神殿10 ギリシアの奉納品、鼎と大鍋
ギリシア神殿9 デルフィに奉納した鼎は特別
デルフィ11 デルフィの町とギュムナシオン 
デルフィ10 アポロンの神域9 スタディオン 
デルフィ9 アポロンの神域8 劇場
デルフィ8 アポロンの神域7 アポロン神殿
デルフィ4 アポロンの神域3 アテネ人の宝庫
デルフィ3 アポロンの神域2 シフノス人の宝庫
デルフィ2 アポロンの神域1 シキュオン人の宝庫
デルフィ1 まずはアテナ・プロナイアの神域から

※参考文献
「ギリシア美術紀行」 福部信敏 1987年 時事出版社
「古代ギリシア遺跡事典」 周藤芳幸・澤田典子 2004年 東京堂出版
「DELPHI」 ELENI AIMATIDOU-ARGYRIOU 2003年 SPYROS MELETZIS

「知の発見双書51 オスマン帝国の栄光」 テレーズ・ビタール著 鈴木董監修 1995年 創元社
「イスタンブール歴史散歩」 澁澤幸子・池澤夏樹 1994年 新潮社