脱解王陵の北側の寺院(帰りに写した写真より)に沿った道を自転車で行ってみた。

サミョンソップル
カタカナを読んでみても、発音もアクセントも韓国語にはほど遠いはずで、必ず聞き返される。ガイドブックの写真を見せてようやくわかった。右の道を行けばいいらしい。


小さな橋の前に説明板がある。この仏像は慶州の北側の小金剛山の麓に位置する。高さ3mの大きな岩にいろいろな菩薩像を彫刻した四方仏である。『三国遺事』には、新羅時代の景徳王と関連のある記録を通して、掘仏寺という寺院名と仏像の彫刻の時期が明らかになったという。『慶州で2000年を歩く』で武井氏は、景徳王が栢栗寺に来たときに、地中から読経の音が聞こえてきたので、掘ってみたところ大きな石がでてきた。その石の四面に石仏を彫らせて寺をつくらせたのだという。岩の大きさは長さ4m、高さ3.5mほどである。四面に7体の仏像が彫られているが、その彫り方は各面で異なり、統一的ではないという。私は面によって時代が異なるという風に解釈した。







武井氏は、四面石仏は統一新羅時代に流行したもので、ここのものは8世紀中ごろにつくられたと考えられているという。
石仏については掘仏寺(クルプルサ)の四面石仏、西側の二菩薩はへ
※参考文献
「慶州で2000年を歩く」(武井一 2003年 桐書房)