『トルコの陶芸 チニリキョスクより』は、1935年に、特徴ある一群の陶器がミレトスでたくさん見つかり、ミレトス陶器と名付けられた。しかし、実はこの種の陶器はアナトリア各地で焼かれ、特に14世紀後半から15世紀前半にかけてイズニクがその中心だったことが明らかになっている。きめの粗い赤い胎の内側全体と外側半分に白化粧をかけてからコバルトブルー、トルコブルー、マンガン紫などを刷毛を使って自由なタッチで描いた。緑や黒で模様の輪郭を強調するのが特徴といえよう。それから透明釉をかけるという。
手前の鉢 イズニク 14世紀末-15世紀初頭 高10㎝口径22㎝
かすかにフレヤーのかかった縁と低い高台のついた深鉢。赤い胎に白く化粧をかけて濃いコバルトで絵付けし、透明釉をかけている。
見込みに花のメダリオン、花弁から細い線が伸びてまわりのルーミに続くという。
かすかにフレヤーのかかった縁と低い高台のついた深鉢。赤い胎に白く化粧をかけて濃いコバルトで絵付けし、透明釉をかけている。
見込みに花のメダリオン、花弁から細い線が伸びてまわりのルーミに続くという。
中央の皿 イズニク 15世紀後半 高6.9㎝口径32.5㎝
赤い胎土に白化粧し、コバルトブルーとトルコブルーで絵を付けてから透明釉を施した大皿。見込みには蓮の花や葉が、左右に配置された大きな三つ葉文から伸びた蔓で結ばれている。この皿はハタイのモチーフとトルコブルーを用いたものとしては、ごく初期の例といえる。外反した縁には唐草模様という。
※ルーミ:先端が尖った蔓草文。伝統的なセルジュクアラベスク文様をいう。その語源はルーム、つまりローマ、東ローマ(ビザンチン)、その領土アナトリアを征服したセルジュクのことばだった。
ハタイ:蓮の花、蕾、葉のついた花蔓草文様
(共に同書より)
タイルのミヒラブ 1432年 カラマン、イブラヒムベイイマレット
カラマンオゥル王国(1256-1483)の重要なモニュメントだった。タイルにはクエルダ・セカ法が見られるという。
赤い胎土に白化粧し、コバルトブルーとトルコブルーで絵を付けてから透明釉を施した大皿。見込みには蓮の花や葉が、左右に配置された大きな三つ葉文から伸びた蔓で結ばれている。この皿はハタイのモチーフとトルコブルーを用いたものとしては、ごく初期の例といえる。外反した縁には唐草模様という。
※ルーミ:先端が尖った蔓草文。伝統的なセルジュクアラベスク文様をいう。その語源はルーム、つまりローマ、東ローマ(ビザンチン)、その領土アナトリアを征服したセルジュクのことばだった。
ハタイ:蓮の花、蕾、葉のついた花蔓草文様
(共に同書より)
カラマンオゥル王国(1256-1483)の重要なモニュメントだった。タイルにはクエルダ・セカ法が見られるという。
※クエルダ・セカ:14世紀後半から15世紀初期に中央アジアで発達した。
スペイン語で「乾いた線」を意味するクエルダ・セカとは、マンガンに油脂を混ぜた溶液で描かれた太い黒色の輪郭線が、さまざまな色彩の釉薬の混じり合いを防ぎ、一つの面に多色の釉薬を混在させることを可能にする施釉技法を指した美術用語。(『世界美術大全集東洋編17イスラーム』より)
モスクランプ イズニク 1485-1505 高27.2㎝口径19.4㎝胴径18.3㎝
丸い胴から長めの頸がのび、大きく開いた口がついている。
白地にコバルトブルーを塗り透明釉をかけたもの。
鎖文の帯で区切られた胴の下の部分にはハタイを背景にスルス体の銘、これは頸にも描かれている。胴の中央部はルーミの文様。小さな手が3つついているという。
こんなもので照明になったのだろうか。トルコの焼き物は磁器のように見えても、陶器だったのでは。
『トルコの陶器とタイル』は、15世紀以降のイズニク陶器とタイル製作の革新的な技術は、粘土を多く含む陶土に代わって、石英を多く含む強固な白色陶土の採用によってもたらされた。また、より高温で焼成が行われるようになったことは、窯の焼成技術にも発展があったことを示している。高質磁器といえるほど高品質なこれらの陶器は、通常藍彩(白地藍彩:ブルー・アンド・ホワイト)が施され、中国磁器にとって代わるようになった。16世紀初期には、白地藍彩にトルコ・ブルーが加えられるようになり、透明の釉薬の下にヴァリエーションに富んだ装飾が見られるようになったという。
スペイン語で「乾いた線」を意味するクエルダ・セカとは、マンガンに油脂を混ぜた溶液で描かれた太い黒色の輪郭線が、さまざまな色彩の釉薬の混じり合いを防ぎ、一つの面に多色の釉薬を混在させることを可能にする施釉技法を指した美術用語。(『世界美術大全集東洋編17イスラーム』より)
丸い胴から長めの頸がのび、大きく開いた口がついている。
白地にコバルトブルーを塗り透明釉をかけたもの。
鎖文の帯で区切られた胴の下の部分にはハタイを背景にスルス体の銘、これは頸にも描かれている。胴の中央部はルーミの文様。小さな手が3つついているという。
こんなもので照明になったのだろうか。トルコの焼き物は磁器のように見えても、陶器だったのでは。
白地藍絵大皿 イズニク 1500-10年 高7㎝口径45.5㎝
白地にコバルトブルーの絵付けをして透明釉をかけた大皿。
見込みには大きなルーミと飛雲が、細いハタイと重なっている。
壁は白地のまま残し、幅広い縁にはフリルのような雲。外面には白抜きのハタイを描いてあるという。
※ルーミ:先端が尖った蔓草文。伝統的なセルジュクアラベスク文様をいう。その語源はルーム、つまりローマ、東ローマ(ビザンチン)、その領土アナトリアを征服したセルジュクのことばだった
ハタイ:蓮の花、蕾、葉のついた花蔓草文様
(共に『トルコの陶器 チニリキョスクより』より)
トルコブルーの明るい色が入らず落ち着いた仕上がりになっている。しかも、コバルトブルーの濃淡で文様を描き分けて深みがある。
『トルコの陶器とタイル』は、16世紀初頭には、白地藍彩にトルコ・ブルーが加えられるようになりというが、トルコブルーが使用される直前の作品かも。
口縁部に虫食いがあって、古染付みたいだ。
ガラスにいろんな光が反射してわかりにくい。
六角形タイル イズニク 1530頃 平均径18㎝
それぞれディテールの異なる7枚の六角形タイルを組み合わせたもの。白地にコバルトとトルコブルーで絵を付け透明釉をかけて焼いてある。中央の六角星形からルーミがのびて濃紺とトルコブルーで描かれたハタイをとりまいている。
このタイプのタイルは15世紀から16世紀の初めにかけて人気があり型を用いて大量生産したという。
このタイルにはトルコブルーも加わり、にぎやかだ。
その中で一番反射の少ない中央のもの。花または蕾が6点星の周囲に均等な距離で描かれているのではないことがわかる。
もう少しずらしていけば、六角形のタイルだけで壁面を覆うことが出来て、三角形の隙間は要らないのではと思うのだが、隙間の部分に三角のシンプルなあるいは金彩を施した青タイルをはめ込んでいたらしいという。
金彩で思い出したが、チニリキョスクの一室の壁面に、六角形の青タイルに何かありそうとビデオをアップしていくと、金彩の文様らしい痕跡があった。
皿 イズニク 16世紀中頃 高5.4㎝径33.7㎝
白地にコバルトブルーとトルコブルーで絵を付け透明釉をかけた縁なしの皿。
窯の中でトルコブルーが一部とんでにじんでしまっている。
中央の円の中に大きな葉とつるのついた三房のぶどう。そのまわりには、花や葉をつけた茎、さらにその周囲を渦文の帯が囲んでいる。外面にも花や葉のスクロールが見える。
縁なしのソーサー形の皿は中国では15世紀初期に現れているが、イズニクでは1530年代からであるという。
トルコブルーが多く使われると器体が明るくなる。中国風から抜け出してトルコ風になっていくのかな。
この作品にも虫食いがある。
鉢 イズニク 16世紀中期 高12.3㎝口径28㎝
白地に多彩色の絵を付け、透明釉をかけて焼いた大鉢。
縁の外側の帯には波模様を連ねている。外面の大きな花とザクロの枝が動きを感じさせる。高台には大まかな筆で斜線を入れ、その周囲を鋸歯状の帯がとりまいている。
白地藍絵から多彩色への移行期のもので、様式としては”ダマスクス”に含まれるという。
新たに紫と黄色が加わった。
赤い色はやっと16世紀後半に登場する。
モスクランプ イズニク 1570頃 高47.5㎝口径28㎝胴径31㎝底径17㎝
洋梨形の胴部と、上に広がった頸部は別々に作ってからつないだもの。
白地に多彩色の絵を付けてから透明釉をかけてある。
トルコブルーの地のメダリオンの中央に小さな八弁の花を置き、その周りに黒のルーミが見える。この浮き出しのメダリオンは三つ葉のモチーフに囲まれ、同じものが頸の接合部の細いトルコブルーの帯の下にも使われている。
ランプは総理大臣ソコル メフメット パシャのために、高名な建築家シナンが建てたモスク(1571-2年)の落成式の贈物として作られたものであるという。
シナンがモスクをどんどん造っていた時代に赤い色の陶器が出現して、そのモスク内を飾った。
モスクランプは照明用ではなく、贈答用など儀礼的なものだったのだ。
多彩色ルネット イズニク 16世紀後期 高119.5㎝幅189.5㎝
大きなタイルを貼りあわせた装飾的なルネット。
白地にカラフルな絵を付けて透明釉を施してある。
赤や青の花、葉、つぼみをつけた細いハタイが、中央のプラタナス様の大きな葉から伸びた2本のつる草と重なり合うように描かれている。
つる草には、ギザギザのついた剣や星の形をした葉、チューリップやヒァシンスの花などが絡みついているという。
何枚ものタイルで文様を構成している。細い線にも勢いがあって素晴らしい。
赤い色の出現と同時期に、タイルの絵付けがこのような完成の域に達したようだ。
多彩色タイルスパンドレル イズニク 16世紀後期 縦51.2㎝横37.2㎝
このスパンドレル(三角小間)は、アーチ形ルネットの左端を構成していたものと思われる。
白地に多彩色の絵を付けて、透明釉をかけたタイル。
花や蕾、葉がいっぱいついた桜属の枝の下の方に、青いチューリップ、赤いカーネーションを配してアクセントをつけている。青い花弁はダークブルーの輪郭をとり、ていねいに描かれているという。
一つの枝や幹から別の植物が出るというのはトルコ風。
赤い色だけが盛り上がっているのが撮しきれなかった。
※参考文献
「トルコの陶器とタイル」 高橋忠久・弓場紀伊 2000年 中近東文化センター
「トルコの陶芸 チニリキョスクより」 1991年 イスタンブール考古学博物館
「世界美術大全集東洋編17 イスラーム」 1999年 小学館
白地にコバルトブルーの絵付けをして透明釉をかけた大皿。
見込みには大きなルーミと飛雲が、細いハタイと重なっている。
壁は白地のまま残し、幅広い縁にはフリルのような雲。外面には白抜きのハタイを描いてあるという。
※ルーミ:先端が尖った蔓草文。伝統的なセルジュクアラベスク文様をいう。その語源はルーム、つまりローマ、東ローマ(ビザンチン)、その領土アナトリアを征服したセルジュクのことばだった
ハタイ:蓮の花、蕾、葉のついた花蔓草文様
(共に『トルコの陶器 チニリキョスクより』より)
トルコブルーの明るい色が入らず落ち着いた仕上がりになっている。しかも、コバルトブルーの濃淡で文様を描き分けて深みがある。
『トルコの陶器とタイル』は、16世紀初頭には、白地藍彩にトルコ・ブルーが加えられるようになりというが、トルコブルーが使用される直前の作品かも。
口縁部に虫食いがあって、古染付みたいだ。
ガラスにいろんな光が反射してわかりにくい。
六角形タイル イズニク 1530頃 平均径18㎝
それぞれディテールの異なる7枚の六角形タイルを組み合わせたもの。白地にコバルトとトルコブルーで絵を付け透明釉をかけて焼いてある。中央の六角星形からルーミがのびて濃紺とトルコブルーで描かれたハタイをとりまいている。
このタイプのタイルは15世紀から16世紀の初めにかけて人気があり型を用いて大量生産したという。
このタイルにはトルコブルーも加わり、にぎやかだ。
もう少しずらしていけば、六角形のタイルだけで壁面を覆うことが出来て、三角形の隙間は要らないのではと思うのだが、隙間の部分に三角のシンプルなあるいは金彩を施した青タイルをはめ込んでいたらしいという。
金彩で思い出したが、チニリキョスクの一室の壁面に、六角形の青タイルに何かありそうとビデオをアップしていくと、金彩の文様らしい痕跡があった。
白地にコバルトブルーとトルコブルーで絵を付け透明釉をかけた縁なしの皿。
窯の中でトルコブルーが一部とんでにじんでしまっている。
中央の円の中に大きな葉とつるのついた三房のぶどう。そのまわりには、花や葉をつけた茎、さらにその周囲を渦文の帯が囲んでいる。外面にも花や葉のスクロールが見える。
縁なしのソーサー形の皿は中国では15世紀初期に現れているが、イズニクでは1530年代からであるという。
トルコブルーが多く使われると器体が明るくなる。中国風から抜け出してトルコ風になっていくのかな。
この作品にも虫食いがある。
白地に多彩色の絵を付け、透明釉をかけて焼いた大鉢。
縁の外側の帯には波模様を連ねている。外面の大きな花とザクロの枝が動きを感じさせる。高台には大まかな筆で斜線を入れ、その周囲を鋸歯状の帯がとりまいている。
白地藍絵から多彩色への移行期のもので、様式としては”ダマスクス”に含まれるという。
新たに紫と黄色が加わった。
赤い色はやっと16世紀後半に登場する。
モスクランプ イズニク 1570頃 高47.5㎝口径28㎝胴径31㎝底径17㎝
洋梨形の胴部と、上に広がった頸部は別々に作ってからつないだもの。
白地に多彩色の絵を付けてから透明釉をかけてある。
トルコブルーの地のメダリオンの中央に小さな八弁の花を置き、その周りに黒のルーミが見える。この浮き出しのメダリオンは三つ葉のモチーフに囲まれ、同じものが頸の接合部の細いトルコブルーの帯の下にも使われている。
ランプは総理大臣ソコル メフメット パシャのために、高名な建築家シナンが建てたモスク(1571-2年)の落成式の贈物として作られたものであるという。
シナンがモスクをどんどん造っていた時代に赤い色の陶器が出現して、そのモスク内を飾った。
モスクランプは照明用ではなく、贈答用など儀礼的なものだったのだ。
大きなタイルを貼りあわせた装飾的なルネット。
白地にカラフルな絵を付けて透明釉を施してある。
赤や青の花、葉、つぼみをつけた細いハタイが、中央のプラタナス様の大きな葉から伸びた2本のつる草と重なり合うように描かれている。
つる草には、ギザギザのついた剣や星の形をした葉、チューリップやヒァシンスの花などが絡みついているという。
何枚ものタイルで文様を構成している。細い線にも勢いがあって素晴らしい。
赤い色の出現と同時期に、タイルの絵付けがこのような完成の域に達したようだ。
このスパンドレル(三角小間)は、アーチ形ルネットの左端を構成していたものと思われる。
白地に多彩色の絵を付けて、透明釉をかけたタイル。
花や蕾、葉がいっぱいついた桜属の枝の下の方に、青いチューリップ、赤いカーネーションを配してアクセントをつけている。青い花弁はダークブルーの輪郭をとり、ていねいに描かれているという。
一つの枝や幹から別の植物が出るというのはトルコ風。
赤い色だけが盛り上がっているのが撮しきれなかった。
「トルコの陶器とタイル」 高橋忠久・弓場紀伊 2000年 中近東文化センター
「トルコの陶芸 チニリキョスクより」 1991年 イスタンブール考古学博物館
「世界美術大全集東洋編17 イスラーム」 1999年 小学館