お知らせ

中央アジア各国の旅行記が完成したので、西アジアのイラン旅行をまとめています。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2013年12月26日木曜日

テッサロニキ2 ビザンティン時代の城壁


④ガレリウス帝の記念門からエグナティア通りを西に向かう。

⑥ベイ・ハマム
オスマン・トルコ時代の浴場跡
 
ディスカスティリオン広場
古本市のテントが並んでいたが、日中は暑いので、夕方にならないと開かないとか。
西隅のキオスク
テッサロニキでは、10mも歩けば次のキオスクに行き着くのではないかと思うくらいキオスクがたくさんあったので、水の補給には事欠かなかった。
このキオスクでは古本も売っていた。

広場を過ぎてすぐにビザンティン時代の教会が見えてきた。その前には実を付けた大きなナツメヤシ。

⑦パナギア・ハルケオン聖堂 1028年創建
『世界歴史の旅ビザンティン』は、薔薇園に囲まれた瀟洒な聖堂は「銅細工師の聖母」の通称でよばれ、今も銅細工の店が門前に軒を連ねている。扉口に奉献銘が残り、1028年の献堂と知られる。東半分はドームもアーチ上部の軒も直線を用いた鋭角的なデザイン、西半分は円弧をモティーフにしてやわらかい構成にしている。ナルテクスには「最後の審判」、アプシスにはオランスの聖母、ドームに「昇天」が残る以外に、ナオスには「降誕」や「神殿奉献」の情景が描かれているという。
道路よりも低い土地に立っているので、下の方が見えなかった。壁面には三重の半円アーチ窓がたくさん開かれていて、内部は明るそう。窓ガラスはやはりロンデルが並んでいる。石の枠に丸い穴を穿っているのだろう。
モスクだろうか、正方形の壁面に八角形、そしてドームが架かっている。
ディモクラティアス広場を過ぎてちょっと複雑に進むと、

⑧アギイ・アポストリ聖堂 14世紀
同書は、西の城壁に接して建つ十二使徒の聖堂は、奉献銘によれば、1310-14年にコンスタンティノポリス総主教ニフォンによって建立された。建築も壁画も、同時代の帝都のモニュメント、コーラ修道院と酷似する。14世紀前半のコンスタンティノポリスとテサロニキは、密接な関係を有していた。
聖堂の高い部分には「冥府降下」「降誕」などの場面がモザイクで、低い壁画には新旧約聖書や外典の場面がフレスコで描かれている。とくに1980年代以降に発見されたフレスコは、コーラ修道院との著しい類似を見せるという。
南面が見えている。ドームの屋根自体は低く、胴部の八角形の一面は、壁面というよりは、三重の半円アーチの窓自体でできているように見える。その窓にもロンデルが並んでいる。
身廊(ナオス)は4柱式内接十字。小さな主聖堂(カトリコン)を4つの小ドームのある側廊が取り囲み、更に西側にナルテクスを付けたような形をしている。

アギウ・デメトリウ通りに入ってしばらく進むと、通りの名になった立派な聖堂が現れた。

⑧アギオス・ディミトリオス聖堂
この聖堂については後日

アギオス・ディミトリオス聖堂を過ぎてしばらくすると、アタテュルク(トルコ共和国建国の父)という名で知られるムスタファ・ケマルの生家が残っているのだが、一瞬で通り過ぎてしまった。

テッサロニキは海に面した斜面にひろがる街なので、海から離れるほど高くなっていく。
ビザンティン時代の東城壁が現れたところで左折。城壁を左に見ながら坂を登っていった。
あっ、右側にビザンティン様式の教会発見。でも新しそう。おそらくアギオス・パヴロス聖堂だろう。

やがて城壁で囲まれた⑩エプタピルギオン地区に到着。
しかし、城壁を見学に来たというよりも、高台からテッサロニキの街や海を眺めにきたのだった。
木の柱や楣が残る城門。上部には補強の隠しアーチ、その右側は城壁の角度を変えたためにできた壁龕状の窪みのスキンチが、その上の壁体の荷重を横に逃がしている。
監視塔
直径はホワイトタワーと同じくらいかな?
せっかくなので、展望デッキから眺める。
左前方にカラマリアの岬が突き出ている。空港はその向こうのはずだが、飛行機が離発着しなかったので、どこにあるのかわからなかった。
これがビザンティン時代の城壁から眺めたテッサロニキの街。
『世界歴史の旅ビザンティン』は、ビザンティン帝国第二の都市にして、現代ギリシアにおいても第二の都市。歴史上つねにナンバー・ツーに甘んじてきたこの街にはしかし初期から後期に至るビザンティンの聖堂建築と壁画が数多く残っている。アテネが古代ギリシアの面影を伝える都市であるなら、テサロニキは名によりもビザンティン都市であるという。

城壁のある道のずっと向こうにロトンダ(アギオス・ギオルギオス聖堂)が見えている。
手前がテルマイコス湾、その向こうが地中海。
ロトンダにズーム。
広い通りが海まで続いて、両側の建物がそこだけなくて切通から海が見えているようだ。
左向こうにホワイトタワーも見えていた。
ロトンダから西の市街。
城壁を振り返る。
日差しの照りつける暑い日中は人気がない。
このアーチ門から中に入ると、
これが宮殿跡?


テッサロニキ1 ガレリウス帝の記念門と墓廟
            →テッサロニキ3 アギオス・ディミトリオス聖堂1  モザイクとフレスコ

関連項目
テッサロニキ9 アギア・ソフィア聖堂
テッサロニキ8 パナギア・アヒロピイトス聖堂3 モザイク2
テッサロニキ7 パナギア・アヒロピイトス聖堂2 モザイク1
テッサロニキ6 パナギア・アヒロピイトス聖堂1 フレスコ画
テッサロニキ5 アヒロピイトス聖堂まで街歩き
テッサロニキ4 アギオス・ディミトリオス聖堂2 クリプト

※参考文献
「世界歴史の旅 ビザンティン」 益田朋幸 2004年 山川出版社