お知らせ

中央アジア各国そしてイラン旅行記が完成し、フランス南西部のオクシタニー地方の旅に入りました。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2014年1月27日月曜日

古代マケドニアの遺跡3 ペラ1 円墳を辿ると遺跡に着く


テッサロニキの中心からペラまでは車で1時間ほど。

高速を下りて2号線へ。アクシオス川を渡る。古代は砂金が採れたのでマケドニアは豊かだったという。それで副葬品に金製品がたくさんあるのか。

平らな土地を走っていると集落が見えてくる。教会のドームが一番高い。この町を通るのかと思ったが、


また別の町が見えては過ぎていった。こちらの方が大きいが、やはり一番高いのは教会のドームか鐘楼だった。


そうこうしている内に、道路の左右に小さな丘が見えだして、それが円墳らしいことがわかってはきた。時代も名前もわからないまま、慌ててシャッターを切る。


調査はされているらしく、墓室正面側と思われるところに屋根が架けてある。


過ぎ去る同じ円墳をカメラに収める。どうやらマケドニア式墳墓らしく、ファサードの図が描かれた看板があった。見学できるのだろうか。


2基並んでいたりする。

 

この円墳を回り込んで、

気が付くと、ペラの町まで来ていた。


バスを降りてすぐそこにペラ遺跡が広がっていた。
『ギリシア古代遺跡事典』は、テサロニキの西方約40㎞に位置するマケドニア王国の首都の遺跡。前5世紀末に王アルケラオスがそれまでの首都アイガイから遷都し、ヘレニズム時代に至るまでマケドニアの宮廷がおかれて繁栄した。フィリポス2世とその息子のアレクサンドロス大王もここペラで誕生した。現在は内陸にあるが、古代には目前までテルメ湾が迫り、海岸に面した交通の要衝であった。ヘレニズム時代には、カサンドロスによってヒッポダモス式の整然とした碁盤目状の都市として整備され、アンティゴノス・ゴナタスの治世にいっそう発展をとげ、ローマの支配下に組み込まれるまで繁栄したという。

ヴェルギナと違って、遺跡に来たという実感できる景色だ。

朝の9時過ぎだというのに、もう見学しているグループがいる。円柱が数本、きっと菱形の石畳文のモザイクのあるところだろう。


何とも素っ気ない入口。


さて、今日はどこまで見学できるかな。

   ヴェルギナ2 王宮まで←                    →ペラ2 ディオニュソスの館

関連項目
古代マケドニアの金製品
ペラ考古博物館3 ガラス
ペラ考古博物館2 ダロンの聖域
ペラ考古博物館1 漆喰画の館
ペラ4 アゴラ界隈
ペラ3 ヘレネの略奪の館
ヴェルギナ1 大墳丘にフィリポス2世の墓

※参考文献
「古代ギリシア遺跡事典」 周藤芳幸・澤田典子 2004年 東京堂出版