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イスタンブールでミマールスィナンの造ったモスクを見ていて、その前はどんな形のモスクだったかが気になって、オスマン帝国の古都を旅してきました。最後にはまたイスタンブールを訪ねます。 詳しい事柄は忘れへんうちにに記事をのせます。

2017年11月30日木曜日

スルタニーエからタブリーズへ 古代テチス海の地層に酔う


NHKで3月17日に放送された『体感!グレートネイチャー 極彩色に染まる大地~イラン・幻の大陸の謎~』は、スルタニーエからタブリーズまでの高速道から見えた色とりどりの山々についてもどのようにしてできたかを解説していたが、そこには古代テチス海という言葉がありませんでした。どうやら、この記事のタイトルは間違っているようですが、調べた後に訂正します。

ニュースレター グローバルテクトニクスの新概念の61ページから始まる「テチス海の輪郭と中東の主要な造構的特徴:レンチテクトニクスによる概観」というKarsten STORETVEDTとCristiano BOUZARI氏の随筆に詳しく書かれているようです。やはりテチス海に堆積した地層には違いなさそうです。

スルタニーエのオルジェイトゥ廟見学後は、一路タブリーズを目指す。
Google Earthより

スルタニーエの小さな町にそそり立つ青いドームのオルジェイトゥ廟を後にして、
高速道に入つた。
25分ほどで宿泊したザンジャーンの町を通過。

それから30分ほどすると、左の車窓に、またしても古代テチス海の地層が見えてきた。
その上、新疆ウイグル自治区のクチャ郊外で見たヤルダン地形に似た山の形。
段々と日が陰ってきた。円錐形の丘が並ぶ。今までは色とりどりの地層が斜めになったりしていたが、ここではほぼ水平。褶曲を受けなかったのだろう。
水田が現れた。
ガイドのレザーさんによると、紀元前後に稲作が始まったという。
川を渡り、
赤っぽいが縞のない山となり、
日干しレンガの集落がいくつか通り過ぎた。

すると、また古代テチス海の地層が山肌から露出してきた。
ついに見渡す限りすごい地層の山となった。
どんどんと新たな表情があらわれる。
白っぽくなったかと思えば、
真っ赤に近くなったり、
しかし、日が陰ると色は褪せてしまう。
砂岩の地層に別の岩石の層が挟まっている。それも何層か。
赤い山と白い山。白い山は斜めに筋が走っている。
添乗員金子氏によると、赤い色は含まれる鉄分が酸化した色という説と、古代のプランクトンの色という説があるという。
やがて古代テチス海の地層が露出した山々は遠のいていった。
岩の層が斜めに傾いた山が間近に迫ったが、
また色とりどりの地層の山々。その手前には、かなり低いところに日干しレンガの集落が。
こちらにマーブル柄のような地層を見せている山は、地表が白っぽい。
ということは、このなだらかな高原も、その正体は色とりどりの地層なのだ。

ガソリンスタンドでトイレ休憩。今にも雨が降りそうな空の彼方に、雪の残る山脈が見える。ザグロス山脈だ。
この旅で越えてきた山脈だ。
Google Earthで確認すると、タブリーズへと続く32号線は、両側に古代テチス海の地層の露出した山岳地帯の広い谷間を通っているのだった。

その後天候は持ち直し、ややあっさり目の地層が垂直に近い傾きを見せてきた。
これなんか垂直そのもの。
ピントがいまいち。左の車窓だけでなく、右側にもこんな山肌が迫ってきたりする。
山の形も色もどんどん変わっていく。
一時も目を離せない。
地味な表土に覆われている山も、それが剥がれると目の覚めるような色彩なのだった。
ところどころ岩の層が挟まっている山もあれば、
色とりどりの地層の上には厚い岩の層が被さっている山もある。
目の前に立ちはだかる崖もすごい。


が、山は姿も色彩も段々と穏やかに
なっていったと思ったら、岩がごろごろ
きっとこの山もすごい色の地層を隠しているに違いない。
そんな山々も浸食を受けてなだらかになり、農地になっていく。

縦になった地層の山々の間に広がるなだらかな斜面は畑か牧草地。

Baram(雷) restaurantで昼食。
ニンニク入りヨーグルトは相変わらずだが、薄い塩味のヨーグルト飲料ドゥーフがアイランになっていた。
パンはエアーキャップタイプ。
パスタ入り具だくさんスープ。
鶏のケバブ。必ず骨付きが1つ刺してある。
そういえば、中央アジアではパセリとパクチーのどちらもあったが、西アジアのイランではパクチーは出なかった。
黄色いクッキーに黒い粒。ズーレというケルマンで採れる黒コショウの一種だが、コショウほど刺激はない。

その後雷が落ち雨が降り出したが、間もなく止んだ。


タブリーズに近づいて建物が続くようになったが、その後工場地帯を通過した。タブリーズはイラン一工場の多い街なのだそう。
高い建物群を通り、宿泊するホテルのそばを通って、
地下鉄の駅なども通り過ぎて、道路の立体交差を何度もくぐり抜けて、タブリーズの中心へと向かっていった。タブリーズは大きな街だった。


スルタニーエのオルジェイトゥ廟(ゴンバデ・スルタニエ)
             →タブリーズ マスジェデ・キャブード(ブルー・モスク)