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中央アジア各国の旅行記が完成したので、西アジアのイラン旅行をまとめています。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2014年1月8日水曜日

テッサロニキ4 アギオス・ディミトリオス聖堂2 クリプト


アギオス・ディミトリオス聖堂は内陣南の階段からクリプトに降りることができる。
『世界歴史の旅ビザンティン』は、聖堂はディミトリオスが殉教したとされるローマ時代の浴場跡に、5世紀に建立されたという。
初期キリスト教時代、聖人は殉教者であることが多かったが、殉教したその場所に聖人の名を冠した教会が建てられることは珍しいのではないだろうか。
『SAINT DIMITRIOS』は、殉教するやいなや、テッサロニキの守護聖人ディミトリオスは信仰の対象となった。5世紀中葉に教会が建立された時、そこには3つの信仰の場があった。教会の聖域、中央通路にある八角形のギボリウムそして聖なる浴槽のあるクリプトである。クリプトはローマ時代の浴場の東側にあり、聖域の下の角柱で支えられた通路やアーチ列で構成されている。
そこはローマ時代、斜面のために二階建て構造の浴場だったという。
地下に入ってヴォールト天井の空間を通る。突き当たりには出土品が立体的に展示されている。

進路の左隅にこんなものがあった。みんな不思議そうに眺めている。
隙間からのぞいてみると、部屋があった。『SAINT DIMITRIOS』によると礼拝堂らしい。
回り込んでみると、このようになっていた。小さなアプシスを外から見ていたのだった。

東端の通路。あちこちに明かり採り窓があるので明るい。
その右(東)側には出土品などが置いてある。
石製の腰壁かな。
その反対(西)側がクリプトの中心部分。
現在のアプシスと同じ位置にある半円状の部屋。
手前が聖なる浴槽で、奥の中央にキボリウムがあった。ここで聖ディミトリオスに関する儀式が行われていたのだろう。

奥の方にも部屋があり、

左の部屋にはイスラーム陶器が、
右の部屋にはキボリウムの部品かな?
どこか忘れたがガラスもあった。
左上は石の枠に嵌め込まれたガラス、でもロンデルではなさそう。
右上はイスラームのガラス容器
左下は金箔ガラス。テッセラの前の状態かな。
右下はコインにも見えるが、やはり金箔ガラス
こんな空間や
このような儀式の行われたであろう礼拝堂のような部屋などもあった。
クリプトは迷路のような空間でもあり、いろいろと迷い込んでみたい場所だったが、展示されているものも、もっとゆっくりと見て回りたい場所だった。

テッサロニキ3 アギオス・ディミトリオス聖堂1  モザイクとフレスコ
                         →テッサロニキ5 アヒロピイトス聖堂まで街歩き

関連項目
バシリカ式聖堂の起源はローマ時代のバシリカ
イコノクラスム以前のモザイク壁画6 アギオス・ディミトリオス聖堂2
イコノクラスム以前のモザイク壁画5 アギオス・ディミトリオス聖堂1
オシオス・ルカス修道院5 クリプト
サンタニェーゼ教会地下のカタコンベに金箔テッセラ
サン・クレメンテ教会の下には4世紀の教会
テッサロニキ9 アギア・ソフィア聖堂
テッサロニキ8 パナギア・アヒロピイトス聖堂3 モザイク2
テッサロニキ7 パナギア・アヒロピイトス聖堂2 モザイク1
テッサロニキ6 パナギア・アヒロピイトス聖堂1 フレスコ画
テッサロニキ2 ビザンティン時代の城壁
テッサロニキ1 ガレリウス帝の記念門と墓廟

※参考文献
「世界歴史の旅 ビザンティン」 益田朋幸 2004年 山川出版社
「SAINT DIMITRIOS」 IOANNIS C.TASSIAS 2007 DIMITRIOS ALTINGIS