お知らせ
イスタンブールでミマールスィナンの造ったモスクを見ていて、その前はどんな形のモスクだったかが気になって、オスマン帝国の古都を旅してきました。最後にはまたイスタンブールを訪ねます。
詳しい事柄は忘れへんうちにに記事をのせます。
2017年3月27日月曜日
マスジェデ・イマーム(Masjed-e Imam)2
マスジェデ・イマーム平面図(『ペルシア建築より』)
A:表門 B:前室 C:前室東側廊 D:前室西側廊 E:北東イーワーン F:中庭 G:北西イーワーン H:南西イーワーン I:南東イーワーン J:北西礼拝室 K:夏用の神学校 L:主礼拝室北脇礼拝室 M:主礼拝室 N:主礼拝室南脇礼拝室 O:冬用の神学校 P:南東礼拝室 Q:北東イーワーン東側廊 R:八角形天井の部屋 S:浄めの部屋
L:主礼拝室北側廊からH:主礼拝室へ。
E:北東イーワーンの床は青いタイル張りだったが、主礼拝室だというのに切石の床だった。ドーム頂点の真下だけ、4枚の黒い石が敷かれていた。そこでアザーンを朗々と聞かせてもらった。その声は、ドームや様々な壁面に反射して、広大な礼拝室内に響き渡った。
アザーンを聞きながらドームを見上げたり、主礼拝室の広大な空間を眺め回していた。
写真が少ないのは、ビデオで撮影していたから。
ドームの頂点はトルコ石だろう。
ミフラーブにはムカルナスもなくすっきりとしている。
シーア派では、礼拝する信徒よりも一段低い位置から、イマーム(高僧)が説教をするという。
大理石の説教壇(ミンバル)
足場や天幕越しにE:北東イーワーンを眺める。
N:主礼拝室南脇礼拝室へ
L:主礼拝室北脇礼拝室同様、ここも4つのドームが2列に並んでいる。それを支える八角形の柱は15本。こちらは修復に入っておらず、その内3本の柱だけが室内にあるだけという、すっきりとした空間だった。
ドームは浅く、4本の柱からそれを導く尖頭アーチの重なりが美しい。
外に出てH:主礼拝室のイーワーン(南西)を見上げる。天幕があるので、全体を捉えることはできない。
表現としては適当ではないが、傘のような頂部から、装飾的なアーチ・ネットが編み出されているよう。
イーワーンの2つの隅から立ち上がった細長いムカルナス(後日これはムカルナスではないとの指摘を受けたが、その話はずっと後にアップすることになるので、それまでは一応ムカルナスと呼んでおく)。
E:北東イーワーンから眺めた写真
O:冬用の神学校
朝散歩で外側から見た門は、ちょうど木立で遮られている場所にある。
大きなクワの木は白い実を付けていた。
そのままフジュラ(学生寮)の方に向かう。
ドアが開いていたので中へ入ってみた。その上写す。厚かましいにもほどがある。奥の人は笑顔だったが・・・
多分2人の学生が住んでいただろう。
小さいながら中庭には池もある。
朝は、左の奥行のない部屋の並ぶ壁面から回り込んで外側を歩いていたのだ。奥のイーワーンの壁龕に立って授業を行ったという。
夏用のマドラサはM:主礼拝室のお陰で暑さが防げ、冬になれば、主礼拝室が反射する太陽の温もりがこの中庭に届いて、少しでも暖かく過ごせたのかも。
P:南東礼拝室のドームと冬のマドラサの回廊
朝散歩では、このドームを最初に見つけてマスジェデ・イマームに行くことになったのだった。
M:主礼拝室のドームとミナレットを見てF:中庭に戻る。
I:南東イーワーン
ここも天幕があるので直下から見上げるしかなかった。
小さな面がそれぞれに傾きを持って集合している。折り紙のようなとでも表現したくなるほど、細かな面から構成されている。
イーワーンの下部。平面的な壁面になっている。
E:北東イーワーン脇から眺めた外観。
P:南東礼拝室
『神秘の形象』は、イスラム建築の主役は、壁面装飾にある。考えてみれば、ササン朝以来、煉瓦や小破石を積み上げ、モルタルでかためる建築は、粗面の壁に、ストゥッコの飾板やモザイクなどでおおってきた。そしてチムール王朝よりサファヴィ王朝に至って彩釉タイルの黄金時代が到来したという。
タイルも見事だが、窓の蔓草の透彫が暗く写らず、眩しすぎず、ちょうど良い塩梅に光が入ってきた。
ドームへの移行部。
その後は、E:北東イーワーンのQ:右側廊から戻って行く。
C:前室の側廊に行き当たって振り返ると、イーワーンに沿って側廊も曲がっていた。
絵付けタイルの1枚1枚が見分けられるほどであることがやや目障り。
右折して、突き当たりのR:八角形の開口部のある部屋から右へ。
八角形の短い角筒への移行部は興味深い。こちらから見れば横長の壁面の2つの隅に凹みのあるペンデンティブのような面を付けてその上に2枚構成のムカルナスをのせている。そのムカルナスと壁面中央の1枚のムカルナスの底辺が同じ長さ(正方形の場合は√2になる)には見えない。両ムカルナスの上にはまた凹みのあるペンデンティブがあり、その上に8つの面を導いている。
凹みのあるペンデンティブもどのようにつくられているのかは不明。一枚物に見えるが、まさか漆喰ではないと思うが・・・
この文様どこかで見たような気もする。
この部分は、文様を彫り込んだ焼成レンガを組み合わせてあるみたい。8点星のものは、焼成レンガの小片を放射状に合わせているようにも見えるし、そのように浅く線刻しているようでもある。
続く列柱廊へ。
S:水槽のある部屋だった。礼拝を行う前に身を浄める場所。
向こうの屋外までは行けなかった。
場所柄、創建当初からこんな木製の天井だったのだろう。その下は12角形。
見学を終えてイマーム広場に出た。入口前にも貯水池があった。ここでも身を浄めていたのだろうか。
金子氏は遠い所を見上げて写真を撮っていた。
見ると太陽の周りに輪っかがあった。日暈という珍しい現象らしい。
太陽に傘がかかると雨になるというのを聞いたことがある。上空の雲の氷の粒が光を反射してできるらしい。この時は、確かに薄雲が空に広がっていたが、イランという乾燥した大地のせいか、段々と晴れてきて、午後には雲一つない青空となったのだった。
マスジェデ・イマームは離れないと青いドームが見えない。
『ペルシア建築』は、大ドームをとり巻いているのは濃青色と黄金色を基調とする精緻な唐草風のアラベスク文様である。この大ドームは高いドラムの上に据えられていて、わずかながら球根状のふくらみを呈し、洗練された優雅な輪郭を持つ。その構成は単純にして甚だ明快であり、見事な外観をそこなわせるような付加的構造物はまったくないという。
主礼拝室から見上げたドーム(半球天井)と、外から見えるこのドーム(半球屋根)は別々に造られたもので、二重殻ドームである。
二重殻ドームについては以前にまとめているので、関連項目からどうぞ
大ドームは修復中で、足場があったり、タイルが剥がされていたりと残念だったが、L:主礼拝室北脇礼拝室で、大曲面のモザイクタイルを造っている様子を見学するという、貴重な体験もできた。
マスジェデ・イマーム1← →マスジェデ・シェイフ・ロトフォッラー
関連項目
イスファハーン、マスジェデ・イマームのタイル
重量軽減のための二重殻ドーム
ドームを際立たせるための二重殻ドーム
※参考文献
SD選書169「ペルシア建築」 A.U.ポープ 石井昭訳 1981年 鹿島出版会
添乗員金子貴一氏の旅日記