その後石積みのピラミッドが造られるようになったが、時代が下がるとまた日干しレンガで造られるようになる。
それがアメンエムハト三世(中王国時代第12王朝6代目)の日干しレンガを積んだピラミッドで、ダハシュールの赤のピラミッドと屈折ピラミッドの近くにあるので、崩れピラミッドに見紛いそうだった。
『図説古代エジプト1 ピラミッドとツタンカーメンの遺宝篇』は、階段ピラミッドから四角錐の真正ビラミッドへと、その形を変革したのは第三王朝最後の王フニと、その息子で第四王朝の最初の王スネフルである。スネフルは父が未完のまま残したメイドゥムのピラミッドを、最初の真正ピラミッドとして完成させた。現在は表面の化粧石が基礎部分に残るだけで、内部の力壁までの石材は後世の建築物に流用されたと考えられている。
さらにスネフルは、ダハシュ-ルに傾斜角が途中で変化している通称「屈折ビラミッド」、素材の石灰岩が赤みをおびている「赤ピラミッド」 と、少なくとも3基のピラミッドの造営を試みているという。
今回はメイドゥムのピラミッドは見学できなかったが赤のピラミッドと屈折ピラミッドは内部まで見学できた。そして両者からは崩れたが見えた。
屈折ピラミッド近くから見たアメンエムハト三世のピラミッド
屈折ピラミッドの構造 『エジプトの教科書』より
『神秘のミステリー! 文明の謎に迫る 古代エジプトの教科書』(以下『古代エジプトの教科書』)は、下部の傾斜角度約54度に対し、上部の傾斜角度は約43度しかなく、その名の通り、途中で大きく屈折しているのが特徴である。下部の急角度のまま積み上げられると崩壊の恐れがあるため、途中で設計変更をしたと言われているが、解明されていないという。
同書は、壁面が白く装飾されているが、ピラミッドはもともと白い石灰岩の化粧石で覆われており、日の光を受けて輝いていたといわれている。
底辺部の1辺188.6m、高さ101.15m、化粧石の残りもよく、独特の風貌に美しさを加えているという。
駐車場から北面と西面との角に向かって進み、
角は補修するのだろう。
反時計回りに西面へ。
化粧石が剥がれたところでは、ほぼ均一な大きさに切り出された石がむき出しになり、やがて崩落していっている。
西面にもう一つの入口があるそうだが、写真には写っていない。
屈折させた箇所が化粧石でくっきりと分かる。
何やら祭壇のようなところでしゃがんでいる人がいた。
左右対称になっていたので、南側にも斜路などはあったけれど、焼かれて炭化したような形跡が・・・。小さな切石ではなくて日干しレンガが積まれていたからかな。
東面の北側は化粧石がよく残っていて、
正面から見ると三階建ての木製階段を上っていく。
高度を増すに従って(というほどの高さでもないが)見上げていた化粧石と同じ高さになり、
屈折ピラミッドの内部構造 『エジプトの教科書』より
やっと上ったのに、内部に入ると飽きるほど長い下降斜路、ちょっと気が緩むと頭を天井に打ち付けてしまい、しゃがんで進んむうちにまた気が緩んで頭を打ち付けることの繰り返し。とても撮影する余裕がなかった。
下りきったのに、次はこの階段を上り返すことになるとは。
上図では階段を下りきった辺りというか階段の下に下部玄室があるようだが、見逃したのだろう。
その分岐点で右側を見ると、左右の壁と天井がこれまでの通路よりもきっちりした切石が組まれているが行き止まり。
そして玄室
参考文献
「図説古代エジプト1 ピラミッドとツタンカーメンの遺宝篇」 仁田三夫編 1998年 河出書房新社
「神秘のミステリー! 文明の謎に迫る 古代エジプトの教科書」 河江肖剰監修 2023年 ナツメ社







































